【第2部】放浪騎士と石の魔術師 ④

作者:ぬこげんさん

 立ちふさがるサラマンダーを倒し、隊商路を確保した放浪騎士『エドガー』は、石の魔術の使い手、少女ニルファルに請われるまま、商隊の護衛を続けていた。そんなある日、次の目的地口サバデルの街を目前にひょんなことから一行は金髪の美青年商人を助けることとなる。
 突如現れたエドガーの過去を知る赤毛の女剣士との邂逅に、心を揺らすニルファルと、自分を助けたくれた少女に心寄せる商人。これは中年騎士と石の魔術師の少女が織りなす、小さく、そして幸せな人間模様のお話。

【第1部】
1話 2話 3話 4話 番外編

【第2部】
1話 2話 3話 4話


第四話 山賊と火炎石(上)


「討伐隊三十名、準備整いました隊長!」

 北門の前に整列したのは片手剣と丸盾で武装した歩兵が二十名、ショートボウを携えた弓兵が十名だ。

「開門! 副隊長、留守中の守備隊は任せた! ……エドガー、覚えてなさい?」

 大声で命令した後、ボソリと呟いて眉をひそめるエメリアに、エドガーは苦笑いしてみせた。正直な話フェアとは言えないやり方だったのは確かだ。
 真面目の上にクソがつく彼女が、金で動かないことはわかりきっている。だからこそ、エメリアに招かれたフリをして、まんまと夕食時の衛兵詰所に潜り込んだエドガーは、長テーブルに金貨の山を築いて見せてから、一芝居打ったのだ。

「勇敢なる兵士諸君、北の辺境伯国が蛮族共に滅ぼされたのは知っているだろう? 恥をしのんで言おう、私はそこの騎士だった」

 その場に居た二十人ほどの兵士達は、突然の闖入者と目の前の大金に目を丸くしながら、金貨の山とエドガーの顔を交互に見つめて息をのむ。

「最初、蛮族共は二人で街にやってきた。私たちは気にもとめなかった。ただの辺境から来た旅人だと思っていたからだ」

 そこで言葉を切って、エドガーは食堂にいる兵士たちの顔を一人、一人見つめてから声を張り上げた。

「次の新月、奴らは夜の闇をまとって、二千人になってやってきた」

 シャツのボタンを引きちぎり、エドガーは胸に残る大きな傷跡を見せながら、兵士たちに訴えかける。

「兵士諸君、街の北にある砂漠の神の祠に、盗賊が巣食っている。今はたったの二十人だが、奴らが二千人になる前に悪の芽は摘んでおくべきだ。そしてこの金貨の山は」

 金貨の山からぐいと、一握りつかみ取ると、エドガーはテーブルの上に落とす。宝の山が冷たく重い音をたてた。兵士たちの目が、金貨の山に釘付けになる。最後の一枚が手からこぼれ落ちたところで、エドガーは再び声を張り上げた。

「勇敢なる兵士諸君に、この街を守って欲しいという住人たちの願いだ!」

 正義感に駆られた者、金に目がくらんだ者、さまざま居ただろう。いずれにせよ、騒ぎに気がついたエメリアが詰め所に来たときには、手遅れだった。
 エドガーの扇動に舞い上がった兵士たちは、エメリアの姿を見るなり、「隊長! 盗賊共を叩きのめしてやりましょう!」と、口々に言いながら彼女に駆け寄っていったのだから。

「すまない、エメリア」
「察しはついている、商隊の連中を守るためだろう? 相変わらずの甘い男だ」

 仕方のない奴だと言いたげに、そう小さくつぶやいてから、エメリアは馬上で胸を張る。真紅の羽飾りのついた兜が陽光に光った。
 拍手で見送る市民には、エメリアはさぞかし立派に見えることだろう。借り物の馬の背で、同じように胸を張ったエドガーは、彼女と轡を並べてゆっくりと馬を進めた。


 登ったり降ったりの山坂道を行くこと一日半、比較的開けた場所で一行は大休止を取る。土地勘のある兵士の話では、さらにここから半日ほど行ったところが、砂漠の神の祠だと言うことだ。

「日暮れとともに出発、夜襲をかける! 全員よく休め」

 情報通りの人数差なら、強襲を仕掛けても良いのではないかとエドガーは思ったが、指揮官はエメリアだ。荷物から干し肉を取り出して、モシャモシャと噛みながら、エドガーは剣を引き抜き、傾きはじめた陽光にかざす。

「酷いありさまだな、エドガー、打ちなおしたらどうだ」
「ああ、そうだな。まあ、今の俺には相応しいさ」

 横でパンをかじっていたエメリアが、エドガーの剣を見てそう言った。刃こぼれが目立つロングソード、擦り切れた柄の巻革。それでもなお、その長剣は人を殺すだけの力がある。

「剣は道具だ、いざという時に折れたら死ぬぞ、エドガー」

 革袋から水を一口飲んで立ち上がり、エメリアが革鎧を来た弓兵の元へと向かってゆく。若い兵士が三人ほど、荷物をまとめて立ち上がったところを見ると、先発させ斥候を出すつもりなのだろう。

「わかってるさ、エメリア」

 傷だらけの剣を鞘に戻して独りごち、エドガーはゴロリと転がって空を眺める。乾いた風が頬を撫で、柔らかくなった陽光に目を細めた。


 暗い峠道を月明かりを頼りに粛々と兵士の列が進む。時折、帷子がこすれる音がする以外は、静かなものだ。見上げた峠の中腹にポツリと火が見えるのは、寒さを避けるために盗賊たちが焚いている火だろう。

「あと二時間といったところか」
「ああ、馬は手前で降りたほうが良いだろう、峠道ではじゃまになるからな」

 エドガーの問いに目深に兜を被ったエメリアが応えた。二時間あれば西の尾根の向こうに月が隠れるだろう。夜襲にはもってこいの条件だ……。エドガーが頷いたその時、パラリ、パラリと右手の崖から小石が落ちてくる音がした。

「?」

 落石か? エドガーの他にも気がついた物がいたのだろう。右手の崖を見上げたその時、地響きとともに人の背丈ほどの岩が転がり落ちてきた。

「なんだっ!」

 馬をなだめながら、再び崖を見上げたエドガーは人影を認めて声を上げる。

「敵襲! 抜刀!」

 反射的に叫び、エドガーは馬から飛び降りた。手綱を放たれた馬が後方の弓兵をすり抜けてもと来た道を走ってゆく。

「エメリア! 兵をまとめろ!」

 剣を抜き、盾を構え、兵列の先頭を目指してエドガーは走った。右に曲がった峠道の死角から、雑多な装備の盗賊共が鬨の声を上げて押し寄せてくる。

「怯むな! 俺に続け!」

 飛んできた手槍を盾で叩き落とし、毛皮を着た盗賊に剣を叩きつける。何人かの兵士がエドガーの後に続いて飛び出し、狭い峠道で乱戦が巻き起こる。
 一人、二人と切り伏せて三人目に盾を叩きつけたその時、再び轟音が巻き起こると、エドガーの背後を岩が転がり落ちていった。

「ダメだ、逃げろ!」

 背後で叫んだ兵士の声を合図に、味方が総崩れになる。こうなっては勝ち目はない、だがこの道の狭さなら支えようはある。エドガーは片手斧で切りかかってきた盗賊を盾で押し戻し、顔の真ん中に柄頭を叩き込んだ。

「エドガー! 右だ!」

 エメリアの声に顔を上げると、小柄な男が猿のように崖を駆け下りてくるのが目に入る。正面の盗賊が振り下した棍棒を盾で受け止め、上から飛びかかってくる小男に向きなおる。

「くそっ!」

 常人離れした動きに惑わされるエドガーをあざ笑うように、逆手にダガーを握った男が崖を蹴り、飛びかかってくる。
 援護するように正面の敵がさらに一撃、それを盾で防ぐと、エドガーは長剣の腹で小男のダガーの軌道をなんとか逸らす。次を躱すのは厳しいだろう、そう思ったエドガーの目の前に、真紅の疾風が踊りこんできた。

「ぺぎゅ」

 カエルが潰れたような音を立てて、小男が吹き飛ばされた。

「エメリア!」
「老いたかエドガー、キレがわるい」

 シールドバッシュを食らって地面に転がった小男の顔面に、容赦なくカイトシールドの角を叩きつけてとどめを刺すと、赤毛の女剣士がニヤリとわらった。

「くっそっ、何だこいつら!」

 久々に盾を並べて戦うエメリアは、エドガーが舌を巻くほどの腕前だった。赤い羽飾りが一歩踏み込むたび、血風が巻き起こる。殺戮の女神といったところだ。

「エメリア、前へ出るな引けなくなる!」

 二人で八人切り捨てたところで、エドガーは背後を振り返る。勇気を振り絞り踏みとどまっていた弓兵二人が、矢を打ち切って短剣を握りしめている。

「気にするな! 引けっ!」

 エドガーの声に顔を見合わせた弓兵が二人、どちらからともなく背を向けると、脱兎のごとく逃げ出した。

 ――どうせ負け戦なら損害は小さいに越したことはない。あとはエメリアさえ逃がせば。

 鬼神の如く剣を振るうエメリアと盾を並べ、剣を振るうこと半刻、後退しながら敵の半分ほどを倒しただろうか。前へ出ようとするエメリアをなんとかコントロールしながらエドガーは彼女を逃がすタイミングを測る。

「クッ!」

 ハルバートを振り回す盗賊の懐に飛び込んで、盾で押し合っていたエドガーは背後から聞こえた小さな悲鳴にチラリと視線をやった。腿に矢を受けたエメリアが膝を落とすのが目に入る。

「エメリア!」

 エドガーの声に、好機とばかりに押してくるハルバート使いに、身を引いて肩透かしを食わせると、たたらを踏んだ男の膝を斜め上から踏みつける。膝を折られた盗賊が悲鳴をあげて地面を転がりまわった。

「馬鹿野郎、邪魔だ!」

 盗賊たちから罵声が上がった。ハルバートを握ったまま転がりまわる男が邪魔をして、盗賊たちの動きが鈍った隙にエドガーは、エメリアと盗賊の間に割り込んだ。

「下がれ、エメリア! お前が逃げる間くらいなんとかしてやる」
「エドガー、私はもう逃げ回るのはゴメンだ! 誰かを見捨てるのも!」

 嗚呼、とエドガーはため息をつく。そうか……エメリア……お前もか……。

「ならここで戦って死のう」

 エドガーの言葉に微笑むと、血まみれの剣を握り直しエメリアが立ち上がる。赤毛の剣士を背後にかばって、エドガーは肚をくくった。
 膝を折られた痛みに転がる回る男を乗り越え、盗賊たちが喚声をあげて押し寄せてきた。