放浪騎士と石の魔術師 ③

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作者:ぬこげんさん

北の蛮族に所領を奪われ、全てをなくした騎士『エドガー』は隊商の護衛で日々の糧を得ていた。
 そんなおり、突如として現れたサラマンダーのせいで通商路が封鎖され街から出られない状況で暗い過去から目を背けるために酒に溺れるエドガーだったが、ひょんな事から一人の少女を助けることになる。
 『ニルファル』と名乗った少女は魔力を通して石を砕くことで石の持つ力を引き出すことができる『石の魔術師』だった。そんな少女『ニルファル』と共にサラマンダーを退治する事になったエドガーだったが……。

 これは酔っぱらいの中年騎士と石の魔術師の少女が織りなす、小さな、だが確かな冒険譚。

第三話 火炎蜥蜴とアクアマリン(前)

 赤い光が消えると、固唾を飲んで見守っていた大人たちから感嘆のため息が漏れた。ファハドの傷口から流れていた血が止まり、頬に血の気が戻ってくる。そんなファハドと逆に青い顔をして倒れそうになっている少女にエドガーは声をかけた。

「ニルファル?」
「だい……じょうぶ……」

 地面に置かれた盾に手を伸ばしたニルファルが、そのまま前のめりに倒れてゆく。

「ニルファル!」
「バルタ……兄さん……」

 とっさに抱きとめたエドガーの腕の中で、少女は小さく呟いて気を失った。


「ニルファルは?」
「魔力の使いすぎでしょう、一日眠れば動けるようになるはずです。それに……」

 そこで言葉を切って、ウルグベクが目を伏せた。

「バルタの死に際を見ずに済んだのは、むしろ良かったのかもしれません」
「お悔やみを」
「息子は戦士としての勤めを果たした、それだけの事です」

 ニルファルはバルタを兄と呼んでいた、ならば彼はウルグベクの息子ということになる。エドガーの脳裏に、いまわの際にバルタの上げた苦悶の悲鳴が蘇る。戦場で色々な死を見てきたが、バルタのように大火傷を負った者の死に際は惨たらしいものだ。

「エドガー殿、一つ頼みを聞いてはもらえないだろうか?」
「何なりと」

 うなずいたエドガーの顔を、ウルグベクが真剣な顔で見つめると口を開く。

「ニルファルを守ってはもらえないだろうか?」
「ニルファルを?」

 意外な申し出に、エドガーは問い直した。

「私たち砂の民は、隊商であるとともに巡礼者でもある事はご存知か?」
「ああ、詳しくはないが聞いたことはある。同じ祠に滞在するのは七日間だったか?」

 『砂の民』、そう呼ばれる彼らは定住することなく旅を続ける隊商であり、各地に点在する祠を回り続ける巡礼者でもある。七日間逗留すると次の祠へと向かい、大陸に点在する祠を永遠に旅して回る流浪の民だ。
 東から来た征服者の末裔だと言う話もあるし、古の神に呪われたがゆえに定住を許されないのだという、いかにも教会の坊主共が好きそうな話もあった。

「残りはあと三日、どうあっても我らはここを出立して東へと向かわねばなりません」
「……サラマンダーが消えるまで待つわけには?」

 サラマンダーは魔法生物だ、誰かが召喚しなければ勝手に顕現することもない。動物を食らって魔力を取り込んだとしても微々たるものだ。人の行き来が途絶え、人を食らうことができなくなれば魔力を絶たれたサラマンダーはそのうち霧散するだろう。

「休息は七日、旅の困難は神の与えし試練。我らはそういう戒律で縛られているのです。そして長である以上、戒律と皆の安全の両方を守る責任が私にはある」

 ため息をつき、ウルグベクが眠り続けるニルファルを見ながら言葉を続ける。

「このまま出立すれば、民が危険な目に合うかもしれません。ゆえに、力のあるものがアレを倒さねばならない」

 彼の言葉に、エドガーの胸にモヤリと黒い感情が頭をもたげた。ニルファルを守れ? それの意味するところは……。

「相手はサラマンダーだぞ? この年端も行かない少女に? 正気か!」

 エドガーの声に、ウルグベクがうなだれる。

「バルタには婚約者がおりましてな、部族に二人しかいない石の技の使い手のうちの一人で、ニルファルの師であり姉のような娘でした」
「……」
「本来ならニルファルが背負うべき責を、バルタと共に戦えるならと行き……生き残った者いわく……サラマンダーに喰われたと……、神の試練とはいえ、あまりに……」

 絞り出すように言ってウルグベクが拳を握りしめる。長としての義務と責任、人としてのしがらみ。そこに宗教が加われば、人間に残された自由などたかが知れている。

「神……か」

 ウルグベクの言葉に、嗚呼とエドガーは天を仰いだ。三年前のあの日、北の蛮族との戦いで多くの人々が死んでいった。
 蛮族に襲われた町に駆けつけたとき目にした惨状を、エドガーはいまでも思い出すことができた。消し炭と化した教会と、黒焦げになった死体の山。神が宿る場所に逃げ込み、炎に焼かれた女と子供は、何を思い何に祈ったのだろう。

「いいだろう、引き受けた。ただし装備を揃えたい、報酬は前払いだ」
「感謝を」


 幸いなことにエドガーは戦場で何度かサラマンダーを見たことがあった。見た目は馬ほどの大トカゲだが、長く伸びる炎の舌を持ち十ヤードほどの距離で炎を吐くことができる。 
 辺境伯に召し抱えられていた魔術師が呼び出したサラマンダーが、蛮族の歩兵の隊列を焼き払う様などは今思い出しても怖気がふるう風景だ。

「さて、あればいいが……」

 まずは装備を整えないことには、あんな化け物と戦える気はしない。いまの彼らが出せるすべてだという報酬の金貨三十二枚を手に、エドガーは隊商を回って、あるものを探してまわった。

「石綿布……ですか、あるにはありますが、いかほどごいりようで?」

 七件目で、エドガーはようやく当たりを引き当てる。多くの隊商が足止めを食らっていたのは幸運だといえた。

「ああ、フードつきのマントが作れるくらいだ」
「それはまた……」

 南方の火山地帯でとれる石綿はエドガーの国ではランプの芯として使われている。その名の通り、銀や銅のように鉱山で採掘される綿から作られるという布は、少々の火では燃えることない。綿の芯と違い使い減りすることはないが、価格は上等な絹の五倍といったところだ。

「これでどうです? しかし、何に使うのか知りませんが、マントにするなら厚手の裏地をつけないと着られた物じゃないですよ?」

 商人が持ってきた生地は麻袋のように荒いが、ズシリと重い。

「いくらだ?」
「金貨五十枚」
「三十枚だ」

「無茶をいわんでください、四十枚でどうです」

 ニルファルのところと同じく、一か所に足止めを食らっては商売あがったりの隊商を相手に、エドガーは強気で押してゆく。だが、金貨三十五枚まで値切ったところで押し問答になった。あいにくこれ以上は無理そうだ。

「裏地に厚い綿布を張ってマントにしてくれ、その値段でいい。夕方取りに来る」
「うちのカミさんの仕立てじゃ少々不安ですが、文句はナシですよ?」
「ああ、丈夫にだけ作ってくれればいい、頼む」

 手付に二十枚の金貨を支払い、エドガーは店を後にした。足りない三枚分はどうにか工面するしかないだろう。
 そう思いながらテントを出たところで、ニルファルにばったりと出くわした。いや、出くわしたというよりもエドガーを探しに来た……というのが正解だろう。

「エドガーさん」
「体はもういいのか?」
「はい、大丈夫です」

 言葉とは裏腹に目を泣きはらした少女が、健気に笑うのを見てエドガーはため息をついた。仕える主を失い、領地を失い、俺にこれ以上失うものなど何があるというのだ。


「あの……」
「いいから黙って食え、いらねえなら全部食っちまうぞ」

 とっぷりと日が暮れ、涼しい風が吹き始めるころ、エドガーはニルファルをつれて酒場にいた。テーブルには香辛料の利いた羊料理に果物にパン、砂糖を振った揚げ菓子と、酒を除けばこれでもかとばかりにごちそうが並んでいる。

「だって……」
「板金鎧は暑すぎてまいっていたところだ。ほら、食え。腹が減ってはなんとやら……だ」

 足りない金貨三枚のためにエドガーが売り払ったのは長年共に戦ってきたチェストプレートだった。黒塗りになってはいたが、作り自体は上等なそれは思った以上によい値段で売れた。代わりに買った中古のブリガンダインの代金を支払っても、手元にはまだ金貨が二枚残ったくらいだ。

「準備はできてるのか?」

 ゆでた羊にかぶりつきながら、エドガーはニルファルの顔をじっと見る。

「はい、部族のものから腕利きの戦士を二人、エドガーさんの言われたとおりにクロスボウも一人一台ずつ」

 少女の言葉に小さくうなずいてエドガーは皿の上の甘瓜に手を伸ばす。

「君の準備は?」

 ニルファルが腰につけた袋から大粒の宝石を取り出した、水のように透明な空色の宝石がろうそくの光を反射してキラキラと光る。

「それは?」
「アクアマリン、海をつかさどる宝石です。質のいいものは一つしか手に入らなくて……」

 申し訳なさそうに言う少女の、だが決意を秘めた黒い瞳にエドガーはニヤリと笑って揚げ菓子を差し出す。

「いらないのか? うまいぞ」
「もう、エドガーさんはいじわるです」
「っつ、そりゃ俺の指だ」

 さし出した揚げ菓子にかぶりついたニルファルに指をかまれて、悲鳴を上げながらエドガーは声を上げて笑った。
 化け物相手の一発勝負、しかもこんな少女と一蓮托生というのだ。それでもまあ、酒におぼれる人生よりはよほどいい、そう思いながら。


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