【第2部】放浪騎士と石の魔術師 ③

作者:ぬこげんさん

 立ちふさがるサラマンダーを倒し、隊商路を確保した放浪騎士『エドガー』は、石の魔術の使い手、少女ニルファルに請われるまま、商隊の護衛を続けていた。そんなある日、次の目的地口サバデルの街を目前にひょんなことから一行は金髪の美青年商人を助けることとなる。
 突如現れたエドガーの過去を知る赤毛の女剣士との邂逅に、心を揺らすニルファルと、自分を助けたくれた少女に心寄せる商人。これは中年騎士と石の魔術師の少女が織りなす、小さく、そして幸せな人間模様のお話。

【第1部】
1話 2話 3話 4話 番外編

【第2部】
1話 2話 3話



第三話 金髪商人と火炎石


「よくいらっしゃいました、さあ、入って入って」

 にこやかに笑うマルセロに案内され、ニルファル達は屋敷の広間へと通された。床には毛足の長い絨毯が敷き詰められており、テーブルには贅を尽くした料理の数々が並んでいる。

「おや? エドガーさんの姿が見えないようですが」
「エドガーさんなら、隊長さんと仲良くお食事です」

 小首をかしげて問いかけるマルセロに、ニルファルは不機嫌な声でそう言うと、プイとそっぽを向いてみせる。

「そうですか、ぜひ頼みたい仕事があったのですが……。まあ、明日にでも宿にうかがいましょう」

 そんなニルファルの様子に苦笑いしながら、マルセロはウルグベクに向き直った。

「まずは私を助けて頂いたお礼に食事を、それから商談といきましょう」

 ―― エドガーさんのばかっ、もう知らないんだから!

 あれやこれやと料理を取り分け、盛んに話しかけてくるマルセロに生返事をしながら、ニルファルは先程の宿の様子を思い起こす。

 ―― 私だって……私だって大人になれば。

 自分の小さな胸を見おろして、むぅ、と小さくうなってから、ニルファルは羊の煮込みにかぶりついた。

 食事が終わると、ウルグベクと護衛の戦士が奥の間に通され、広間にはニルファルとマルセロだけが残された。皿の上からイチジクを取って皮を剥くニルファルに、マルセロが期待に満ちた顔で話しかけてくる。

「ニルファルさん、私の咳の病を治した術ですが、あれは?」
「マルセロさん……あの病は治せるものではないです、私の術は少し楽にしてあげることが出来るだけで……」

 期待を裏切るのは申し訳ないと思ったが、過度な期待は時として毒になりかねないことをニルファルは知っていた。

「それでも、薬師すらさじを投げた咳の発作から、貴方は助けてくれた……。どういう技なのかだけでも教えては頂けないでしょうか?」

 病から自由になりたい、そんな熱意がこもった視線にニルファルは溜息をつくと、石の魔術について簡単に説明する。自分たちの部族に伝わる古い技だということ、石を砕くことで力を引き出す魔法であること、それに使い手は今ではほとんど居ない事も。

「では、貴方でないとあの技は使えないと?」
「他にも使える人はいるかもしれません、兄の婚約者は……使うことが出来ました」
「そうですか……」

 残念そうにうつむくマルセロに、ニルファルは慌てて言葉を継ぐ。

「でも、魚眼石で御札を作ってあげますから、それを持っていれば発作の回数を減らす事は出来ると思います」
「本当ですか! それはありがたい」

 マルセロの嬉しそうな顔に釣られてニルファルも笑う。そんな彼の気持ちは、幼いころ病気がちだったニルファルには痛いほど判った。

「ニルファル帰るぞ、用事は終わりだ」

マルセロはまだ何か言いたそうだったが、商談を終えた父が奥の間から出てきたのを合図に、その日の食事会は終了となった。

「父様、商談の方はどうだったのですか?」

 帰りの馬車の中で、ニルファルは眠い目をこすりながら父に話しかける。

「ああ、悪い話ではなかった……ただなぁ」
「ただ?」
「いや、うむ、なんでもない。 心配せずに寝なさい」

§

「五十六、五十七……」

 ほぼ二週間ぶりだろうか、久しぶりに飲んだ酒精の残り香を振り払うべく、朝食前、エドガーは腕立て伏せに精を出していた。
 酒に飲まれるのはもう沢山だ、いまは守るべきものがあるのだから。そう肝に命じながら身体を動かし続ける。

「エドガーさん、お客さん」

 ニルファルの声がして、サンダル履きの小さな足が視界に入った。

「そうか、誰だ」

 返事をしながら、キリの良い回数までと腕を曲げかけたところで、トスン、と少女がエドガーの背に腰を下ろす。

「五十八、五十九、六十」

 少女の軽い身体を背に感じながら、エドガーは三回ばかり腕立てを続けると、ぺしょり、と平たく潰れてみせた。

「降参降参、どいてくれ……で、誰だ?」
「マルセロさん、なんか頼みたいことがあるんだって」

 背中から降りたニルファルが、潰れたまま見上げるエドガーを見て、満足気に笑うと右手を差し出してくる。

「そうか、まあ話だけでも聞いてみよう」

 ニルファルの手を取ってエドガーは立ち上がる。直接的に害をなせるような人物ではなさそうではあるが、どうにもムシが好かない……。そう思いながら寝台に掛けてあった剣帯を取ると、腰に巻いた。

「エドガーさん……」

 ついていっていいか? そう言いたげな顔で首をかしげるニルファルの頭に、ポンと右手を置いてエドガーは頷いてみせる。嬉しそうに後ろをついてくる少女を引き連れて、エドガーは階下の酒場へと足を向けた。

「やあ、エドガーさん、昨日はどうも」

 軽い調子でそういうと、席を勧めるマルセロをじっと見ながら、エドガーは向かいの席に腰をかける。

「それで、用事があると聞いたが」
「ええ、用事……というより、仕事の依頼……ですかね」
「仕事?」

 エドガーの問いにマルセロは頷くと、給仕の娘を呼び止めた。

「とりあえず、食べながら話しましょう、ごちそうしますよ」

 奢りならば遠慮することもないと、ライ麦パンとひき肉入りの煮豆を頼んだエドガーは、パクつきながらマルセロの話に耳を傾ける。

「昨日、ウグルベクさんと私の父が商談したのはご存知ですよね?」
「ああ」

 返事をしながら、頬にオレンジの欠片をくっつけたニルファルに視線を移す。何も知らないと、首を横に振るニルファルを見てエドガーは肩をすくめてみせた。

「そちらの商品はできるだけ高く買わせて頂きます。サラマンダーの欠片『火炎石』も王都にあるうちの商会を通して、錬金術師に高く売れるように取り計らいましょう」

 笑みを浮かべるマルセロに、エドガーはスッと目を細めた。

「その良すぎる条件の対価はなんだ?」
「いやだなあ、怖い顔しないでくださいよ、条件だってお互いの為になることですから」

 ニコニコと読めない笑顔を浮かべると、マルセロが両手を小さく挙げて話を続けた。

「北の峠に最近盗賊が住み着きましてね、クレブラス商会の荷物も何度か被害にあっているんです」

「北の峠ですか?」

 エドガーより先に何かを察して声をあげたニルファルに、追い打ちをかけるようにマルセロが口を開く。

「ええ、根城は砂漠の神の祠です」

 嗚呼、とエドガーはため息を付いて上を見る。各地の祠をめぐる巡礼者であるニルファル達の目的地が盗賊の根城ということであれば、いずれにせよ盗賊とは対峙しなくてはならない。だが、先のサラマンダーとの戦いでウルグベクの一族は戦士の半数を失っている。

「人数はどれくらいだ」

 全てを神の試練とする砂漠の民のことだ、どうしたところで巡礼の地である北の祠に行こうとするだろう。そして、宗教とは時として狂気でもあり、それを止める術はない。

「十五から二十人といったところでしょう」

 マルセロの返答に、ニルファルが拳を握りしめるのを見て、エドガーは首を横に振った。

「こっちの戦力が小さくて話しにならん、盗賊退治なら街の兵を出せばいいだろう」
「出せるならそうしていますよ」

 エドガーの言葉に、今度はマルセロが首を横に振る。

「サバデルは国境から程遠い街ですから、それほど危険という訳でもない。王都からの正規兵は百名ほど、残りは商人の私兵が少々です」

 そう言って小麦のパンを小さくちぎって口に運ぶと、マルセロが押し黙った。

「それで?」

 羊のひき肉と豆の煮込みをかきこむと、水で流し込んでエドガーはマルセロに早く話せと促す。

「王都の兵はこの街を守るのが仕事ですから、商人の積荷にはそれほど興味もありません」
「そうだろうな」

 話が大体見えてきた……とエドガーは思う。その隊長がエメリアだというのなら、任務に忠実に「街を」守る事に注力していることだろう。

「そこで、エドガーさんの出番というわけです」
「兵を出せと、エメリアに頼め……と?」
「ええ」

 ふむん……とあごひげを撫でてエドガーは目を閉じる。優しいが堅物の彼女を動かすのは中々に難しい話だ。

「いくら出せる」
「北の交易路の盗賊に困っている商会は、うちを含めて三つあります。説得すれば王国金貨で二百枚やそこらは出せるでしょう、ですが……」

 地獄の沙汰も金次第、とはいえ、堅物のエメリアを金で動かすのは不可能だ、という顔でマルセロがエドガーを見る。

「ああ、エメリアは動かせないだろうな」

 だが、商人からの賄賂を受け取る下の者たちは、金貨の山を見ればどうだろう? 昨日の門の前での出来事を思い出しながら、エドガーは大きく頷いた。

「とりあえず金を用意してくれ、説得できなければ返そう」

 ―― このまま盗賊とぶつければ、ニルファルの商隊は大きな痛手を負うだろう、エメリアには軽蔑されるかもしれないが、背に腹は代えられない。

 心配そうに見つめるニルファルに、大丈夫だと笑ってから、エドガーは残ったライ麦パンを口の中に押し込んだ。