【第2部】放浪騎士と石の魔術師 ⑤

作者:ぬこげんさん

 立ちふさがるサラマンダーを倒し、隊商路を確保した放浪騎士『エドガー』は、石の魔術の使い手、少女ニルファルに請われるまま、商隊の護衛を続けていた。そんなある日、次の目的地口サバデルの街を目前にひょんなことから一行は金髪の美青年商人を助けることとなる。
 突如現れたエドガーの過去を知る赤毛の女剣士との邂逅に、心を揺らすニルファルと、自分を助けたくれた少女に心寄せる商人。これは中年騎士と石の魔術師の少女が織りなす、小さく、そして幸せな人間模様のお話。

【第1部】
1話 2話 3話 4話 番外編

【第2部】
1話 2話 3話 4話 5話

第五話 山賊と火炎石(下)


 左右を崖に挟まれたのが幸いして、防ぐだけならなんとかなる。腿に矢を受けたエメリアに自分の右側を任せ、エドガーは力の限り剣をふるい続けた。

「エメリア! まだ行けるか!」
「誰に……言っている……」

 目の前に居るのは後五人、それさえ倒せば……。大きく息を吸い込むと、自分に気合を入れて前に出たその時、月明かりの中を何かが飛んで来るのが見えた。とっさに上げた盾を貫いた投げ槍が、エドガーの肩に浅く突き刺さる。

「くそっ!」

 先端が細長く、返しのついた投げ槍は、商隊の護衛をして居た頃に見たことがある。南方の連中が使うこの槍は、盾に刺さる穂先が曲がり抜けなくなるのだ。

「うるるるるるらあああああああああ」

 左腕から盾をむしり取り、長剣を両手に持ち替えたエドガーは、雄叫びを上げて剣を振りかざした。月明かりに剣が閃き、盗賊たちが一歩、二歩と後ろへ下がる。
 それでもなお、バックラーを構えて前に出た一人の盗賊にエドガーは渾身の一撃を振り抜いた。

 ギィン!

 震える鋼の音を残し、長剣が中ほどから折れて飛ぶ。驚くほど覚めた意識の中、時間がゆっくりと流れ始める。
 振り下ろされる手斧の腹を、一歩踏み込んでガントレットで殴り飛ばし、折れた剣を盗賊の目玉に突き立てる。
 吹き出す返り血を浴びながら、崩折れる盗賊の手から手斧をもぎ取ると、剣を捨てて右手に持ち替えた。

「かかってこい! 全員まとめて地獄に道連れにしてやる!」

 戦意を失った盗賊達の様子に、エドガーは声を限りに罵声を浴びせる。押し切れる、こちらの勝ちだ。
 そう思ったその時、盗賊たちの背後から喚声が上がった。ここで、ここで増援……ああ、クソッ、ここでなのか……。

「エメリア!」
「ここが死に場所だ、エドガー」

 失血で意識が遠のいたのだろう。そう叫んで膝を落としたエメリア元へ、ジリジリと下がると、エドガーは腰から短剣を引き抜き、左手に握りしめる。
 “慈悲の短剣”、こうなってはなんとも皮肉な名前だが、彼女を盗賊共の慰み者になどしてたまるものか。エドガーは盗賊たちを睨みつけ、短剣を握る手に力を込めた。

――ああ……とどめは俺がさしてやるぞ……エメリア。

「ぶち殺せ!」
「やっちまえ!」

 増援に勢いづいた盗賊達が、口々に叫びながら、それでも警戒しながら半歩前に出たその時……。

「エドガーさんのばかああああああああああああ!」

 聞き覚えのある少女の声が頭上から響き渡った。
 ハンマーが岩を叩く金属音が鳴り響き、途端、爆炎が盗賊達を吹き飛ばす。

「ニル……ファル……?」

 とっさにエメリアに覆いかぶさったエドガーの背後で、次々に爆発音が鳴り響く。

「私がいないとダメなくせに! 何にもできないくせにっ!」

 爆発で遠くなったエドガーの耳に、途切れ途切れにニルファルの声が聞こえる。

「どうして、一人でカッコばっかり付けて、死んじゃえ、ばかぁあああ!」

――酷い言われようだな。

 苦笑いしながら顔を上げたエドガーの横を、曲刀を構えた部族の戦士たちが駆け抜けてゆく。鎖帷子の歩兵が混ざっているのは、逃げ出した兵士たちが戻ってきたからだろう。

「エドガーさんなんて、だいっきらいっ!」

さらに二度、爆発音が響くと、剣戟と喚声が小さくなってゆく。

「遅くなって申し訳ありませんでしたな、エドガー殿」

 聞き覚えのある男の声がして、褐色の手が差し出される。

「いや、礼を言う……助かった。エメリアの手当を」

 気を失っているエメリアの顔をちらりと見てから、エドガーは差し出された手を掴んで立ち上がった。

「間に合ってよかった。娘の為にも……きっと良かったのでしょう」

 戦装束に身を包んだウルグベクが、そう言って崖の上を見上げる。釣られて追った視線の先で、月を背にしたニルファルが空を仰いで泣いているのが見えた。


 二日後の早朝、ニルファルの呼び出しにノコノコとあらわれたマルセロを、エドガーは宿の横手の路地裏に引きずり込んだ。死んだはずの男が目の前に現れたことで、目を丸くするマルセロを、エドガーは乱暴に地面へと放り投げる。

「死んだと思ったか?」
「ま、待ってくれ、何のことか全くわからない」
「嘘です、私、マルセロさんが副隊長さんとお話してるのを聞きました! 堅物の隊長が居なくなれば、もっと商売がやりやすくなる。ついでにあの傭兵も死んでくれれば御の字だって」

 ドン! と杖をついてニルファルがマルセロに詰め寄る。

「ちがうんだ。ただ私は、君がそばに居てくれたら、この病からも……そう思って」

 言いよどんだマルセロに、ニルファルは腰の袋から羊皮紙の束を取り出すと、力いっぱい叩きつけた。

「貴方が欲しかったのはこれですか? その為に私のエドガーさんを殺そうなんて、最低です!」

 べしん、と間抜けな音がして、紐で束ねられた護符が部屋に散らばった。

「待って、待ってくれ、違うんだ」

 足を踏み鳴らして去ってゆくニルファルの背に、情けない顔のマルセロが右手を伸ばす。

「マルセロ」
「ひっ!」

 立ち上がり、ニルファルの後を追って駆け出そうとした金髪の青年の襟首を捕まえると、エドガーは胸ぐらを掴んで、一歩、二歩と前にでる。

「まって、まってくださいエドガーさん」

 大柄なエドガーに胸ぐらを掴まれ、つま先立ちになったマルセロが、青い顔をして首を横に振った。そのまま部屋の壁に押し付け、エドガーは襟を締め上げた。

「く、くるしい……」

――こいつのせいで……。

「やめろ、エドガー」

 女の声に振り替えると、そこには衛兵を従えたエメリアが立っていた。彼女が止めなければ、エドガーはマルセロを絞め殺していたかもしれない。

「くわしい話を聞かせてもらおうか、マルセロ」
「え、衛兵隊長、勘違いなんですよ、とりあえず父に連絡を……」

 手を離したエドガーの脇をすり抜け、マルセロがエメリアのもとに這いつくばって逃げてゆく。その情けない姿にエドガーは鼻白んだ。

「そうか、とりあえず立ちたまえ」

 そう言いながら、エメリアがマルセロに手を差し伸べる。

「ああ、ありがとう。ありがとう隊長さん……」
「なに、お安い御用さ、それに」

 手を引かれて、礼を言いながら立ち上がったマルセロに、エメリアは満面の笑みを浮かべると、言葉を継いだ。

「這っていては、殴りにくいだろう?」
「へ?」

 マルセロが間抜けな声を上げるやいなや、エメリアが腰を入れて拳を振りぬく。ゴキリと嫌な音がしてマルセロが吹き飛び、路地裏に積んであった木箱へと突っ込んでいった。

「連れていけ、副隊長も拘束しろ」

 マルセロが衛兵に引き立てられてゆくのを尻目に、殴った拳をさすりながらエメリアが眉をひそめる。

「一生懸命、任務を全うしようとしたのだがな……」

 悲しそうにつぶやくエメリアの肩にポンと手を置いて、エドガーは路地裏を後にした。


「悪かったよ、ニルファル」
「ホントに反省してますか?」

 隊列の最後尾、荷馬車の後ろに腰を掛けたエドガーは、遠ざかる街をぼんやりと眺めていた。左隣に座ったニルファルの右手が、ギュッとエドガーの左手を握りしめる。

「ああ、反省してる」

 鎧の次は剣ときたか……いよいよ騎士も廃業だな……。ニルファルの問いに答えながら、ぼんやりと空を見上げてそんなことを考える。

「反省してるならいいです、許してあげます。あと……これ」

 そういってエドガーの手を離すと、ニルファルが背後の荷物から布に巻かれた剣を取り出してエドガーに差し出した。

「それは?」
「兄様の形見です」

 布を解くと、一本の曲刀が姿を現す。見事な細工の鞘から抜いて太陽にかざすと、エドガーは「ほう」と息を吐いた。

「良いのか、相当な業物だろうに」
「ええ、ちゃんと父さまに許してもらいました」
「そうか、ありがとう」

 しばらく眺めてから鞘に仕舞い込み、エドガーは荷物にもたれて空を見上げる。目を閉じたエドガーの手を、ニルファルがおずおずと握りしめた。

「エドガーさん! 誰か来ます」

 半刻ほどそうしていただろうか、ニルファルの声にエドガーは跳ね起きた。槍が刺さった左肩がうずき、小さく呻き声をあげる。

「エメリアだな」
「ええ、隊長さんです。何かあったんでしょうか?」

 追い付いてきた女剣士が、旅装を整えているのを見てエドガー察しながらも、あえて尋ねる。

「エメリア、どうした?」
「有力者の息子をあれだけ叩きのめしたのだからな、流石に街にはいられないさ」

 奥歯の二、三本は折れただろう、それくらいには良いパンチだったのは確かだ。

「それに、宮仕えはもう嫌になった」

 そう嘯いてカラカラと笑うエメリアに、エドガーは肩をすくめて見せる。今回の件で管理不行き届きを理由に追い出された……といったところだろう。彼女のように真面目すぎるのも少々考え物だということだ。

「それで、どうするんだ? エメリア」
「雇ってもらえるか族長さんに聞いてくれるわよね、エドガー? それくらいの貸しはあると思うけど?」

 ニルファルがエメリアの言葉に頬を膨らませ、たちまち不機嫌になる。

「嫌です! 知りません!」

 プイと横を向いてすねるニルファルの肩を抱き、エドガーは小さく息を吐いた。

――また、生き残った……だが、今度は一人じゃない……。

 秋の香りのする風の中を、荷馬車はゴトゴトと揺れながら、北を目指し走り続けた。

(完)