アザミは5月から8月にかけて、そろそろ暑くなってきたかな? と感じる頃に咲き始めます。針山のようにも見える花びらを持った可愛らしい花ですが、鋭いトゲを持つ危険な植物でもあります。農業やガーデニングに携わったことのある人ならば、アザミのトゲに刺された経験があるかもしれませんね。
今回は、スコットランドの国花として有名なアザミの伝承をご紹介します。
目次
アザミの伝承①-シチリア島に残る哀悼の物語
ロバート・グレーブスの書いた『ギリシア神話』には、シチリア島に住んでいた羊飼いダプニス(Daphnis)の話が載っています。ダプニスは牧場の神パンから音楽を学んでおり、牧歌を作った最初の人物だといわれています。神々や妖精たちだけでなく、大地からも愛されていました。ですが一方で、傲慢な性格していたダプニス自身は、他の誰かを愛することはなかったのです。
そんなダプニスに愛を教えようとした神がいました。愛と美の女神アプロディーテーです。彼女は妖精の娘であるエケナイスをダプニスの元へと遣わせ、2人の仲を取り持とうとしました。
エケナイスの美しさに、ダプニスもしばらくは彼女を愛しました。しかし彼の愛は長続きせず、すぐにエケナイスを捨ててしまったのです。このダプニスの所業にアプロディーテーは激昂し、罰としてダプニスの目から光を奪ってしまいました。
盲目になったダプニスは絶望し、自ら命を絶ちます。この悲報に、ダプニスを愛していた多くのものが涙を流しました。とりわけダプニスの牧歌を愛していた大地は、哀悼の意味を込めてダプニスが飛び込んだ河にアザミの花を咲かせたのです。
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アザミの伝承②-殺人農夫を追い詰めた! 呪いの花の物語
農業従事者にとって、アザミは厄介な存在でした。鋭いトゲはもちろんですが、アザミ自体の繁殖力が非常に高いためです。アザミは地中深くへと根を張るので、抜き取ろうとしても途中で切れてしまうことが多く、一度繁殖してしまうと食い止めることが難しいのです。切れて残った根からは再びアザミが生えてくるため、農業従事者を精神的に追い詰めていました。
『旧約聖書』の「創世記」第三章では、野の開拓を妨害する土地の呪いとしてアザミを扱っているほどです。
そんなアザミに、別の形で悩まされた農夫がいます。
あるとき農夫は、黄金欲しさにひとりの商人を殺害してしまいました。それからというもの、農夫は酷く陰鬱な性格へと変貌し、アザミを不審な目で見るようになったのです。農夫の性格が変わったのは、殺害した商人の最期に残した言葉が原因でした。
「アザミがおまえの正体を告げるだろう」
時間が経つにつれ、この言葉は農夫の心に重く圧し掛かります。いよいよ農夫は「おれは白状しない。アザミも何も言わないだろう」とつぶやくようになりました。
この呟きが他の者に聞きとがめられたことがきっかけで、農夫は自分から罪を告白したということです。
この話の元になったのは、ドイツのメクレンブルグ市で起こった殺人事件です。殺害現場となった荒野に、人の頭や手足の形をしたアザミが咲いたと伝えられています。アザミは、荒野で悲劇が起こったことを伝えたかったのかもしれませんね。
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アザミの伝承③-スコットランドを守った国花の物語
スコットランドではアザミを国花とし、王家の紋章にもアザミを採用しています。スコットランドがアザミを大切にしているのには、十世紀に起こったデンマーク軍によるスコットランド侵攻時の逸話に由来しています。
このとき、スコットランド軍はデンマーク軍に対して劣勢を強いられていました。守勢に回るスコットランド軍は、砦で篭城することを選択します。これに対し、デンマーク軍は夜襲を計画一気に砦の攻略を狙ったのです。
ところが、夜襲に必要な灯りを十分に確保できていなかったためか、裸足の兵士がアザミを踏みつけてしまったのです。
この兵士は、アザミの棘による痛みを堪えることが出来ず、思わず叫んでしまいました。その声はスコットランド軍にとって夜襲を知らせるものであり、同時にデンマーク軍にとっては予想外の出来事でした。この知らせにより、スコットランドは独立を守ることに成功したのです。
こうしてアザミは、スコットランドの守護者として称えられるようになりました。
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