勝利の花アイリスと、キリスト教の密接な関係

アイリス

「アイリス」という花の名前に、 あまり馴染みを感じない方もいるかもしれません。しかしアイリスは日本では「アヤメ」や「カキツバタ」「ハナショウブ」などと呼ばれる、アヤメ科アヤメ属の花の総称なのです。アヤメやショウブならピンと来る方も多いでしょう。
アヤメは日本でも人名や着物やふすまなどの柄にも使われていますが、実は世界中で愛されている花なのです。特にフランスでは古くは王室の紋章として使われ、現在は国花に選ばれている、国を象徴する花でもあります。 『花の神話』(秦寛博 著)ではアイリスの花とフランス、そしてキリスト教に関する興味深い関係が紹介されています。

目次

フランスのルーツに深く関わるアイリス

現在のフランスへとつながる「フランス王国」は、「フランク王国」にルーツを持ちます。
ローマ帝国の没落と共に力を持ち始めたゲルマン系フランク人を統一し、五世紀末にひとつの国家としたのがフランク王国で、その初代国王が「クローヴィス一世」です。

クローヴィスの紋章は最初、ヒキガエルが三匹描かれていました。
ある日とある隠者のもとに、金色のアイリスの花が三つ描かれた盾を持った天使が降臨してきました。隠者はこの盾を王妃クロティルドに届け、クロティルドはクローヴィスに授けました。

これ以来、クローヴィスは紋章をヒキガエルからアイリスに変えました。すると彼の軍勢は負け知らずとなったのです。
そしてこの三つのアイリスの紋章は「フルール・ド・リス」と呼ばれ、フランク王家や後のフランス王室の紋章となるのでした。

さて、ここまではよくある「勇敢な英雄と不思議な力」が描かれた建国神話ですが、実はアイリスの花は当時、「キリスト教」を象徴する花でもあったのです。

アイリス2

キリスト教とフランク王とアイリスの花

歴史的な事実として、クローヴィスの王妃クロティルドはゲルマン民族の中で比較的初期にキリスト教に改宗したブルグンド族の出身で、カトリック信者として生まれ育ち、夫にも改宗を勧めていました。

496年、クローヴィスは「もし、戦でゲルマンの神が助けてくれず、キリスト教の神が助けてくれたのなら改宗する」と約束して、アラマン人との戦いに出陣しました。そして戦で危機的な状況に陥ったのです。
敗北を覚悟したクローヴィスは、ふと王妃との約束を思い出し、一心にキリストに祈り ました。そしてアラマン軍に向かって突撃すると、王の勢いにフランク軍は士気を回復 し、きわどいところで敵を打ち破ったのです。  クローヴィスは約束どおり、その年のクリスマスに家臣ともども洗礼を受けました。 『花の神話』p.280
つまり、前項目で紹介したアイリスの紋章の逸話は、勇猛果敢な英雄クローヴィスの武勇伝という側面だけでなく、「天使」が授けた「キリスト教の象徴であるアイリスの紋章」の盾を「キリスト教徒のクロティルド」から渡されたという、フランク国王としてのクローヴィス一世がキリスト教に改宗した話でもあるのです。
クローヴィス一世の改宗は、ゲルマン民族の諸王の中で初めて行われたカトリックへの改宗で、もともとローマ系が多く、カトリック信者が多かったガリア市民との絆も深めて、フランク王国の統治にも影響を与える事となり、キリスト教の象徴のアイリスの紋章は、以降の国王の紋章ともなりました。

アイリス3

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その後の国王たちとアイリスの花

フランク王国はその後、742年から814年に王となったシャルルマーニュ(カール大帝)の時代に、現代のフランス・イタリア・ドイツのほぼ全域を支配します。そして孫の代となる843年に東西に分かれ、西フランク王国が現代のフランスの原型となりました。
しかし 987年に西フランク国王が夭折し王家が断絶すると、王室と姻戚関係にあった宰相のユーグ・カペーが継承し、フランス王国が誕生しました。
フランスでもフルール・ド・リスは、王家の紋章として採 用されました。このころまでにアイリスが王を示す花として定着していたためと、フラン ク王国の正当な後継者であることを示すためです。 『花の神話』p.282
クローヴィス一世がキリスト教に改修してアイリスの花を紋章としてから約500年も経っているので、これも大いに頷ける話です。

その後1789年にフランス革命が起こり、1848年に王政が廃止されるまで、千年をゆうに超える長い間フランスの地で王家の盛衰を見守り続けたアイリスは、いつしか王家ではなく国を表す花として考えらるようになり、現在のフランスでは国花となっています。

アイリス4


本書で紹介している明日使える知識

  • 四大精霊
  • 牡丹
  • スズラン
  • チコリー
  • ジギタリス
  • etc... 

ライターからひとこと

アイリスという花はキリスト教を象徴し、キリスト教に改宗したフランク国王のシンボルとなり、やがてフランク王国の正当後継であるフランス王国を示すものとなりました。さらに、王政でなくなった現代のフランスでもアイリスは国の花となって君臨しています。 これだけ長い間、国を象徴し続けた花はあるでしょうか。
花を愛した国はフランスだけではありません。それぞれの国にも国を代表する花があります。
本書ではアイリスだけでなく様々な花と国のつながりが書かれています。花と国の付き合い方を知るのは、その国の価値観を知る一端になるかもしれませんね。