よろず道場のお師匠さん その三

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作者:井戸正善

地球ではない場所。忘却の地と呼ばれる大地には、ドワーフやエルフ、果ては動物や爬虫類がヒトに臣下したものなど、多くの異種族が住んでおり、協力したり争ったりしながら住んでいた。忘却の地には“モノ溜まり”という場所があり、異世界から流れ着いた文物が大きな山となっていた。
そんな世界のとある町に、一つの武術道場がある。


その三、九節鞭とダン


 顔役であるガッガの屋敷へと向かう途中、斎舟はルリを道場に帰してしまった。
 これから先はより血なまぐさい展開になりかねないことを危惧してのことでもあるが、他にやってもらうこともある。
 オークたちゴロツキが解散したあと、渋々ながら道を戻っていくルリを見送り、斎舟は表情を引き締めてガッガの屋敷へと向かう。その足運びは決して走っているわけでは無いが、常人の歩みに比して尋常の速度では無い。

 そうしてたどり着いたところで、そう易々と中に入れるはずもない。
 屋敷にある門の前では見た目からして堅気には見えない男衆が十人以上は屯しており、あからさまに警戒している様子が見て取れた。
「お前は……!」
「あいつらは何をやってたんだ!」
 などと、斎舟を見つけるなり慌てて殺到するあたり、彼らは待ち伏せのオークたちが破れるとは夢にも思っていなかったようだ。

「申し訳ないが、あまりのんびりもしていられないのだよ」
 戸惑いつつも殺気立って襲い掛かって来たゴロツキたちに対し、斎舟は些かも歩みをゆるめることはせず、屋敷へと向かう。
 無防備に見える斎舟だったが、その歩みが右へ左へと振れる度にゴロツキたちの攻撃は空を切り、懐までするりと入ってきた斎舟と吐息が届くほどの距離に近づいてしまう。

 そして斎舟は最小限の動きだけで彼らを行動不能にしていく。
 踵で相手の親指を踏み潰したかと思うと、別の相手は喉元を指で突いて気絶させる。他にも顎を小突いたり指先で頸動脈を絞めたりと、斎舟はするすると気軽に通り過ぎるかのように歩きながら、ゴロツキたちを気絶させていった。
「さぁて、鬼が出るか、蛇が出るか」

 正門を押し開くと、そこは開けた前庭だった。
 広い庭だが、飾り気は無い。斎舟による素人仕事ながら池や植え込みが施された道場の裏庭に比べると、殺風景すぎるものだ。
 そんな庭の向こうに見える建物は扉が大きく開かれ、中にはずんぐりむっくりとした髭面のドワーフと、向かい合って座っている熊公の姿が見えた。
 ドワーフの方にも斎舟は見覚えがある。この屋敷の主で顔役の一人、ガッガだ。

「せ、先生!? こんなところまで一体どうして!」
「“こんなところ”とは随分な言い方だな、熊公よ」
「おっとっと、へへ、失言失言」
 ガッガに睨まれた熊公は、つい、と目を逸らす。そのまま斎舟へと目を向け、牙の並んだ口から唾を飛ばして抗議し始めた。

「商談の邪魔をされちゃあ、困るぜ先生」
「悪いね、熊公」
 しかし、と庭の中央に立ち、まっすぐに熊公の目を見据えて斎舟は続ける。
「申し訳ないが、その仕込み杖を世に出すのは止めてもらいたい。理由は……後で話すよ」
「そんな馬鹿な話が通じるもんか!」

 斎舟に答えたのはガッガだった。
 チリチリとした毛におおわれた厳つい顔を紅潮させて立ち上がったその姿は、矮躯ながら筋骨たくましい迫力のある男ぶりだ。
「この武器は俺が先に話をつけた。後から来てなかったことにしようなんてのは道理が通らねぇだろうが!」

「確かに通らぬ。だが、ここは通させてもらう。理屈を捻じ曲げてでも差し止めるべき何かが有るときのために、私は戦う術を学んできた」
「てめぇ……その台詞がどういう結果に繋がるか、判ってんのか?」
「無論、承知の上だよ」
 たった一人、ガッガの本拠地に来ていながら引く気を微塵も感じさせない斎舟に、ガッガは一歩だけ後ずさった。

 その横で、熊公がのっそりと立ち上がる。
「仕方ねぇ。先生がそう言うんなら、納得できるだけの理由が有んだろう」
「てめぇ、裏切るか!」
 怒声を上げるガッガを尻目に、熊公は目の前に置いていた仕込み杖をひょい、と掴みあげた。ところが、直後に奔った鋭い痛みに思わず手を放し、床を転がった仕込み杖はガッガの手へと収まる。

「痛ってぇな。なんでぇ?」
「売ると言ったなら大人しく売れ。俺たちとの約束を違えるなら、それなりの落とし前をつけてもらう」
 熊公への攻撃は細く短い金属の棒を繋ぎ合わせた武器の先端だった。持ち主は家の奥に潜んでいた人物で、狐の頭部を持った獣人だ。

 二の腕に鋭く突き刺さったそれを熊公が無理やり引き抜くと、狐獣人は手首を使って器用に手元へと引き寄せた。
「なんだぁ、その変な蛇みてぇな武器は」
「多節鞭……だな。熊公、大丈夫かね?」
 斎舟は狐獣人が持つ武器について一言だけ呟いて、あとは熊公を気遣った。が、当の熊公は痛みよりも武器の正体の方が気になるらしい。

「お前さんは本当にもう……。それは多節鞭といって、金属でできた鞭の一種だよ。変幻自在の攻撃ができる代わりに扱いは難しいんだがね……」
 ちらり、と斎舟が見遣ると、狐獣人は右手に持った多節鞭をくるくると回転させながらニヤリと笑っている。その手付きは慣れたものだ。

多節鞭の中では多く見られる九節鞭という種類であり、伸ばすとかなりの長さがある。鎖で繋がれた棒は振り回して鞭のように使うのが基本であり、腕や首に引っかけたり絡めたりすることで回転方向を変化させる。
狐獣人が持っているものは先端が槍の穂先のようになっており、先ほどのように突き刺すことも斬撃を繰り出すこともできるだろう。

「なぁるほど、な。てぇことは、あれもモノ溜まりからの武器か」
「正体がわかったところで、これの攻撃を見破ることはできん。頼みの綱である斎舟には別の手練れが相手になる。大人しく退け。さもないと……」
 狐獣人が言っている間に 仕込み杖を抱えたままのガッガは倒けつ転びつ彼の背後へと隠れてしまった。

 宣言通り斎舟にも別の相手が立ちふさがっているのを見て、熊公は傷の痛みもなんのその、と太い両腕を大きく振り上げ、高らかに吠えた。
「ぐぉ……」
 狐獣人は音の圧力に耐えるようにして歯を食いしばり、ガッガは仰向けに転がる。
 建物全体が振動する程の声は数十秒続き、ようやく止まった。

 大音声を轟かせた熊公はにやりと笑う。
「気合が入ったぜ。お前のその細っこい武器が俺に通じるか、試してみろ!」
「ほざけ!」
 音の影響か顰め面のまま、狐獣人は九節鞭を振り回した。
 九節鞭は独特の動きで縦や横の回転はもちろん、その打撃の高さや範囲も変化が激しく、速度も相まって見切るのは難しい。

 だが、熊公はそんなことはお構いなしだ。
「ぐるぐると鬱陶しい!」
「はあっ!?」
 思わず素っ頓狂な声を上げたのは狐獣人の方だった。
 既に傷ついていて動きが鈍いはずの熊公の腕を狙った一撃が、逆に掴み取られてしまったのだ。それも、刃になっている部分を無理矢理握りしめ、手に絡め取るという強引な方法で。

「相手が悪かったなぁ。ルリみてぇな細い奴が相手なら通用するか知れんが、おれにはちょっと刃が小さすぎる!」
 言いながら血を流す拳を力強く引き寄せた熊公はたたらを踏んで近づいてきた狐獣人の前に牙が並ぶ顔を近づけた。
「うっ……」
「次にやるときは、もっと考えてやるんだな」

 狐獣人は力任せ男に頭を使えと言われて困惑の表情を浮かべたが、それも一瞬だった。
 顔と同程度の大きさがある拳を叩き込まれた狐獣人は、後ろに居たガッガを巻き込んで部屋の中を転がっていった。
「腕っぷしでモノ溜まりを往復する俺たち探索者を舐めるなよ。さて、先生はどうかね」
 たっぷりと鼻息を吹いた熊公が目を向けると、そこでは斎舟が一人の女性を相手に立ち回りを演じていた。

「おおぅ、女が相手じゃあ、俺は出る幕がねぇや」
 力加減は苦手だ、と熊公はガッガと狐獣人が完全に気絶しているのをちらりと見てから、その場にどっかりと座りこんで達人の美技を観戦してみようと決めた。
 そんな熊公の様子に嘆息しつつ、斎舟は目の前の女性を相手にして脱力した様子でただ立っている。

「構えなさい」
 そう言う女性は両方の前腕にグリップがついた板をくくりつけていた。肘の部分にはリング状に固定具がついている。
「トンファー……とは、ちょっと違うな。あまり見ない形状のものだが……」
 斎舟が言うトンファーは中国拳法や琉球空手などで使用される武器であり、“トの字”形に組み合わされた木製や金属製の棒を使い、打撃と防御を柔軟に行うことが出来るものだ。

 しかし、目の前の女性が持っているものは木製であるのは同じだが前腕に沿う部分の幅が広く、トンファーであれば手首の操作で回転させるために固定しないはずの肘部分に輪がかかっている。
「正体なんてどうでも良いわ。とにかく、重要なのはこれがわたしに合っているってことよ!」
「一理ある、が……おおっとっと」

 軽く息を吐きながら顔を引いた斎舟の目の前を通り過ぎたのは、蹴りだった。
 斎舟と同じく普通の人間と思しき女は、両手に付けた武器を使うことなく、初手に上段回し蹴りを繰り出してきたのだ。
 しかし攻撃はそれで終わらず、身体の回転をそのままに裏拳のように武器でカバーされた腕を斎舟の腹へと向けてくる。

「ああ、思い出した。君の動きでピンと来た」
「あっ!」
 斎舟は相手の肘に手を当てるようにして攻撃を止め、ひざ裏を軽く蹴ることで跪かせた。
「確か、ダンとかダーンとか呼ぶ武器だったね。タイに伝わる格闘術クラビー・クラボーンで使う武器の一つだ」

「訳のわからないことを!」
「悪かったね。こっちの“故郷”の話なものだから」
 膝を突いた直後、女は両手を地面について逆立ちするように斎舟の顎へ向けて蹴りを繰り出す。躱されはしたものの、女は距離を取ることには成功し、互いに再び向かい合った。
「トンファーに比べて武器というより防具の意味合いが強い道具だよ。だから打撃を受け止めてもずれないように固定するわけだ」

「そんなこと、言われなくても使い続けている私にはわかっているわよ!」
 女の攻撃は突き。
 まともに当たれば木製とはいえ骨が砕けるだろう攻撃に対し、斎舟は冷静に身体を斜にして避けた。
 そして彼の手は、女の腕に固定されたダンに手をかけると、それごと腕を捻り上げた。

「くぅっ!」
 女は素早く反応し、完全に関節が極まる前にダンから腕を引き抜き、身体を捻って逃がしてみせた。
 それに斎舟も唸る。
「ふむ、器用なもんだね。それに武器を使いこなせている」

 本来の使い方も体術との組み合わせで使うものであり、蹴りを織り交ぜる彼女の戦い方は間違っていない。
 しかし、その武器に頼りがちであるのは否めない。
「武器を持つなら、その武器が自分に向かうことも考えておかないと」
 自分が関節技から逃れる為に外した武器のことだと女が気付いた時には遅かった。斎舟が軽く振ったダンの角が女の顎をこつん、と横から軽く叩く。

 脳を揺らされて気絶した女が膝を突き、倒れかけたところに斎舟はそっと手を添えて頭を打たないように気を付けながら横たえさせた。
「中々、難しい武器だとは思うよ」
 片方だけのダンをくるくると回しながら呟いた斎舟の耳に、突然の破裂音が聞こえる。
「この音……!」

 斎舟にお聞きおぼえがある音。火薬が爆ぜる音であり、聞こえた方角は彼が危惧していたあれがあるはずの場所だ。
「熊公!」
 呼びかけに応えることなく、熊公の巨体がゆっくりと倒れる様が見える。
 そして、その向こうに見えたのは、あの仕込み杖を握り、興奮しているガッガの顔だった。


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