よろず道場のお師匠さん その四

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作者:井戸正善

地球ではない場所。忘却の地と呼ばれる大地には、ドワーフやエルフ、果ては動物や爬虫類がヒトに臣下したものなど、多くの異種族が住んでおり、協力したり争ったりしながら住んでいた。忘却の地には“モノ溜まり”という場所があり、異世界から流れ着いた文物が大きな山となっていた。
そんな世界のとある町に、一つの武術道場がある。

その四、銃と暗器


「熊公!」
「おおっと。動くんじゃあねぇ」
 倒れ伏した熊公の向こう、ガッガは斎舟に向けて仕込み杖を握ったまま、震え声ながら凄んでみせた。暴発も同然の射撃に当人も驚いているだろうが、攻撃の威力に背中を押されているのだろうか。
「こりゃあ大した威力だ! 造りは分からねぇが、あんたが欲しがる理由もわかるぜ」

「使ってしまったか……。悪い予想は当たるものだね」
 軽い調子で語ってはいるが、斎舟は内心で仕込み杖……今では仕込み銃でもあると判明した武器に対して最大限の注意を払っていた。仕込み杖に見えていたボタンと思しきものは、懸念していた通り引き金だったのだ。
 斎舟にしても実物を見たことは数度しかない仕込み銃だが、その種類は多岐にわたる。

 刃が隠された仕込み杖と同様に、仕込み銃はカバンや杖、傘などの内部に銃の機構を内蔵させた暗器の一種だ。
 銃を持ちこめない場所へと密かに持ち込み、暗殺や要人護衛などに使われた、と斎舟は故郷での知識を思い出す。
「一発だけ発射可能、だったはずだが……」

 多くの仕込み銃は単発のみであり、特に今回のように細い杖などに隠す場合はその容量の小ささも相まって、一発だけ発射できるはずだった。
 しかし、中には連発可能な銃もある。
 特注品が多く、見た目だけでは判別が難しい仕込み銃は外観だけでは残弾数がわかるようにはできていない。

 一発だけと決めつけて動いたところで二発目を喰らってはひとたまりもない。銃への対処も知識では得ていても、実戦はさすがの斎舟でも未経験だ。
 迷っているうちに、ガッガは興奮気味に叫んでいた。
「遠くの敵を、それもあんなデカい奴が一撃だ! てめぇもさっさと起きねえか! 見てみろあいつの様ぁ、それに斎舟の怯えようったらねぇや!」

「うぅ……」
 気絶していた狐獣人の男はガッガに無理やり蹴り起こされ、前後不覚のまま視線を巡らせている。
「ふん。腕自慢もこの様か。いくら鍛えていても、この武器があれば用無しだ」
 撃った本人であるガッガがどの程度銃の威力について理解しているかは不明だが、銃口と思しき柄頭の部分を斎舟へと向けていた。

 柄頭は薄い小さな板を貼って作られていたようで、引き金代わりのボタンを押すことで弾丸が発射されると容易に破れて銃口が露出する作りになっていたらしい。
 銃口からは煙が出ており、辺りには硝煙の臭いが広がっている。
「こりゃあいい! これがあれば俺の縄張りが何倍にも……」
 口から言葉が出るのを止められないでいるガッガを、斎舟だけでなくまだ座り込んでいる狐獣人の男や、どうにか立ち上がって駆け付けたゴロツキたちが見つめている。

 彼らは一様に驚愕していた。
 この世界、彼らの常識では人を殺せるのは鋭い刃か重く硬い鈍器であり、それを扱う技量と膂力、そして人をその手で傷つけることに対する覚悟が必要だった。
 ところが、今目の前に広がっている光景はその常識を完膚なきまでに破壊している。地位と腕力はあれど戦士としては今一つなガッガが、単なる一振りの武器で屈強な探索者を倒して見せたのだ。

「こうなるのを恐れていたのだが」
 日本で何が起きたのかを知っている斎舟は、銃の登場がこの世界に与える影響について不安を抱いていた。
 単純に人を殺すことができる武器が広まれば、ゴロツキ同士の喧嘩も容易に殺し合いへと発展するだろう。

「となれば、ここで何としても止めねばならぬ」
「動くな、斎舟ぅ!」
「動かずに解決するならそうしよう。だが、そういう訳にも行くまいよ」
「ふん、ならどうする。素手のお前に何ができる!」
 話をしながら斎舟は足元に転がっている先ほどのダンという武器を見遣った。しかし、慣れない武器をまともに扱えるかというと不安が残る。

 結局ダンを拾うことなく、視線をガッガへと向けたままでじりじりと近付いていく斎舟。
 対して、狐獣人に守られながらガッガは仕込み銃を斎舟へ向けたまま笑っていた。
「私は武器が好きでね……だからこそ詳しくなった。当然、銃も武器の一つだが、それが及ぼす影響は見過ごせない。熊公にも悪いが、それはここで破壊させてもらう」
 一発だけなら、撃たれたとしても急所だけは守って銃を壊す事はできるだろう。そう考えた斎舟は両手で身体の中心部を守る様に構えたまま、ガッガへと近付く。

 武道、特に剣術など戦場武術に置いては矢に対する技法もある。急所が集まる身体の中心軸、いわゆる正中線を庇うように構え、相手から放たれた矢を打ち払うというものだ。
 これは当然、矢の速度が人間の目で追えるものであることを前提としたもので、火薬の爆発により高速で撃ち出される弾丸に対してそのまま使えるものではない。
 それでも、斎舟は自分の命を、自らが鍛え続けてきた技術に預けた。

 視界は広く、しかしガッガを見据えていて小揺るぎもしない。
 そんな斎舟に対してガッガは怯えた表情を向け、彼を守るべく武器も無い状態ながら狐獣人は身構えた。
「ゆくぞ!」
「馬鹿が、死にたがりか!」

 吠えたガッガが引き金を引く。
 彼にとっては運良く、斎舟にとっては運悪く、二発目の弾は発射される。
 しかし斎舟は怯まない。弾丸は斎舟のわき腹を掠め、道着を破り、皮を裂いた。
 血は流れたが、覚悟をしている彼の動きを止めるには至らない。
 ガッガへ肉薄しながら彼が懐から取り出したのは、寸鉄という五寸弱の短い金属の棒だった。

 先端が尖っており、指を通すリングが一つだけついたこれは、『寸鉄人を刺す』の語源となった武器であり、握り込んで打撃、刺突に使う他、棒手裏剣としても使用できる。
 隠し持って非常時に使用する“暗器”の一つだ。
「な、なにを!?」
 大振りで力任せに殴る姿を見慣れているガッガには異様に見えたようだが、脇を絞め、縮こまったような格好ではあるが、それが斎舟の考える暗器使用技術の最適解である。

 最小限の径をなぞる円の動き。相手や周囲にも攻撃をしたと思わせない、それでいて充分に打撃力を行使するために、丹田から体重を乗せた一撃。それが打突武器の神髄だと斎舟は体現する。
「悪く思うな」
「ひえっ!」

 匂い立つような殺気を浴びて、ガッガは気を失いそうになりながら悲鳴を上げた。
 だが、斎舟の狙いは彼ではない。
 激しい衝撃と共に、金属が討ちあう音。そして木がへし折れた音が響く。
「あれ? ……ああっ!? な、なんてことしやがる!」
 斎舟が右手に握りしめていた寸鉄の一撃は、仕込み銃の木製部分を叩き割り、鉄製の銃身を圧壊させていた。刀身も折れており、武器としては二度と使えないだろう。

「武器が!」
 ガッガが悲痛な叫びをあげるのを放って、斎舟は熊公の下へと駆け寄る。
「熊公、しっかりしなさい。傷はどこだね」
「うぅ……あっ、先生!? そういやぁ、あれはどこにある? どうなった?」
 混乱した様子で上体を起こし、きょろきょろと見回している熊公の肩からは、小さな弾丸がポロリと落ちた。
 衝撃で気絶していただけで、弾丸は貫通どころか身体の中にすら入らなかったらしい。

「やれやれ、頑丈な奴だね」
「うわあああ! オレの冒険の成果が!」
 ガッガと共に嘆いている熊公を尻目に、斎舟は立ち上がった。
「それだけ元気があるなら、心配いらないね」
「待てや斎舟! このまま無事で帰れると思うなよ!」

 ため息をついて、寸鉄を懐へと納めた斎舟は、振り返ってガッガへと目を向けた。その耳には、多くの人数が駆け付ける足音が聞こえてくる。
「どうするつもりかは知らないがね」
 話している間に、ルリに率いられた門人たちと、町の治安を守る兵士たちがガッガの屋敷へと雪崩れ込んできた。

「私が守ると決めた町で、これ以上悪さをしようってことなら、容赦はしない」
「う……」
 手勢の倍はいるだろう人数と、完全に破壊されている手元の仕込み銃を見比べたガッガは、がっくりと肩を落とした。
 前庭では兵士や門人たちともみ合い、戦っては殴られて気絶し、逃げ出そうとしては取り押さえられる部下たちがいる。

 そんな騒動の中で、エルフのルリは生き生きとしていた。
 女と思って棍棒を振るって襲い掛かる相手に対し、腹、水月(みぞおち)、喉、鼻、と四連続で拳を叩き込み、鼻血を噴いて一歩下がったところへ足を引っかけ、首から上を押し込む。
 受け身も取れずに後頭部を強打した敵は、あっさりと気絶した。
「師匠! 指示の通り、町の兵士を呼んできました!」

 細腕からは想像もつかないような激しい攻撃を見せた後とは思えないほど、光輝く金髪を揺らして、明るい笑顔を見せるルリ。
 やれやれ、と笑みを返した斎舟は問う。
「よろしい。だが門人たちはなぜここに居る?」
「みんな、師匠を助けたいと言って、勝手についてきたんです!」

 もう一人のゴロツキを気絶させながら叫ぶルリの言葉には、仕方ないではなく当然という響きが含まれていた。
「そうかい。なら、その厚意に甘えるとしよう」
「はい! みんなの稽古の成果、見てくださいね!」
 ルリが言う“みんな”の中には、自分も当然含まれているのだろう。

 彼女を筆頭に、町の兵士たち以上に門人たちが奮戦した結果、ガッガの手下たちはものの数分で全員が取り押さえられた。
 中には怪我をしている者もいるが、精々手足の骨を折った程度だ。
 ガッガ自身も捕まり、騒乱の準備を行ったことと、町中で斎舟を襲った件で、しばらくは牢屋の中に放り込まれることになる。

 師匠の目の前で奮闘した門人たちは、興奮冷めやらぬ様子で実戦の難しさや稽古の大切さを語り合いながら、それぞれの生活へと戻っていく。
 斎舟もまた、ルリを連れて道場への道をのんびりと歩いていた。
 熊公を連れて。

「先生よぅ、今回は踏んだり蹴ったりだぜ……」
 ぐしゃぐしゃに壊れてしまった仕込み銃を手に、半べそで肩を落として歩く熊公には、いつもの迫力は微塵も見えない。
「俺の苦労が、命がけの探索が……」
「シャキッとしなさい!」

「いてぇ!?」
 素手ではあるが、鞭のようにしなやかなルリの打撃を尻に受けて、熊公は小さく飛び上がった。
「師匠のお考えはさっきも聞いたでしょう? こんなものがやくざ者に広まったら、どれだけの人が迷惑をすると思っているの」

 ルリの言葉で聞く限りは随分とのんびりした内容に聞こえるが、斎舟はそれで良いと思っていた。銃の影響など、自分が知っているだけで良い、と。
「熊公や。今回は私も悪かったよ。もう少ししっかりと説明をしておくべきだった」
「うん、まあ……先生にそう言われてもなぁ、オレも良く聞かずに出て行っちまったってのもあるし、責めようなんて気もねぇよ」
 熊公のこういうところを、斎舟は気に入っていた。

「詫びと言っては何だがね、しばらくはお前の持ち込んだ“モノ”はタダで鑑定してあげるよ。頑張って、新しいモノを探しておいで」
「本当かい!? そりゃあ助かる。やる気も出るってもんだ! あ、痛てて……」
 いきなり元気が出たらしく、両手を上げた熊公は撃たれた肩を押さえながら笑っている。
「師匠、良いのですか?」
「ああ、良いとも」

 ルリに問われて、斎舟はにこやかに頷いた。
「これで良いのさ」
 斎舟はルリの頭をそっと撫で、「門人たちを労うために、どこかの店を押さえて酒宴でも開こう」と伝えた。
「あっ、それは門人たちもきっと喜びます! じゃあ私、いつもの店を押さえてきます!」

 夕暮れの大通りを、ルリは駆けていった。
「そう、お前が元気に育って、人生をのびやかに過ごしてくれる世の中が続けば良いんだ。それが、あの人との約束だからね」
 ルリの母親を思い出しながら呟いた言葉は、風の中にかき消された。
「先生、何か言ったかい?」
「何でもないさ。それよりも熊公、お前も一緒にどうだね。それとも、怪我が痛むかね?」

「先生のおごりかい?」
「もちろん」
「なら、是非もねぇや」
 巨体の熊獣人と痩せた人間が、互いに笑いながら並んで歩く。
 そんな姿は珍しくもなんともない。そんな世界を、斎舟は心から愛していた。




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