チベット仏教における生き仏ダライ・ラマ、またネパールにおける生ける女神クマリなど、人が現人神として崇められるスタイルは現代にも受け継がれています。もちろん、アジア地域に特有のものではありません。遡れば、中世ヨーロッパの王の権利も神から与えられたもので、統治者と神との関係は切り離せないものでした。
さらに紀元前にまで目を移すと、古代エジプトのファラオたちも神の代理人、もしくは神そのものとして崇拝されてきたのです。今回はそんな古代エジプトのファラオに焦点を当ててご紹介しましょう。
目次
神と人とを結ぶカギ、古代エジプトのファラオ
古代エジプトは「神聖王権」により統治されていました。とはいえ、ファラオの持つ神聖は時代により変化していきます。人間でありながら神とされたこともあれば、神の代理人、また神の子とされた場合もありました。
様々な変遷をたどったものの、古代エジプトの民にとって、ファラオが民と神を結ぶ重要なファクターであることは変わりませんでした。
ファラオの権力を支えたのは、太陽神ラーの神話とオシリス神話です。ファラオたちは、神話に登場する神そのものとして振舞ったり血縁を結んだりすることで、王権と統治を正当化し古代エジプト世界を治めたのです。
このように、ファラオが絶大な力をもつ印象の強い古代エジプトですが、実はその治世は多くの官僚や神官たちに支えられたものでもありました。古代エジプトの版図が広大であったのが原因の一つです。
歴代のファラオたちは、国土を42のノモスと呼ばれる州にわけ、それぞれに知事や州侯をおくことで安定的な統治を目指しました。
当然、中央の行政機関にも、王の補佐のため多くの官僚が存在し、中には王子を共同統治者として次代のファラオとしての経験を積ませることも行われていました。ナイルの恵みを受ける国土に行政機関をも充実させることで、古代エジプト王国は、古代社会において飛び抜けて豊かな暮らしを送ることを可能にしていったのです。
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平民出身のファラオも! 古代エジプトと役人たち
古代エジプトのファラオの座とはどのようなものだったのでしょうか。代々王族のみが世襲で即位する……だけではありませんでした。
古代エジプトでは、権力者と民衆が完全に隔絶されていたわけではありません。平民にも出世の機会が与えられていたのです。当時、役人になるためには、文字を書けることが必須条件でした。文字を習得すると、書記という役人になることができます。それは人々から尊敬されるほどのステータスを持っていたのです。
こうした役人から立身した人物として、国王の建築監督官として頭角を現したアメンホテプや、ファラオの地位にまで上り詰めたアメンエムハト1世などが知られています。
子供の出世や幸福を夢見る庶民の親は、子どもをこぞって書記の学校に入れたといわれています。我が子が権力者として名を刻むことを夢見たのですね。
またファラオの補佐として神官たちの役割も見逃せません。彼らは、本来ファラオが行うべき数多くの儀式を代わって執り行うことで、古代エジプトの宗教面をサポートしました。しかし、中には与えられた免税権を逆手に私腹を肥やし、王権を簒奪したり、国政の妨げになる権力者もいたようです。
古代エジプト、連綿と続いたファラオへの信仰
古代エジプトは多神教でした。多くの原始的な社会と同様、人間の力の及ばない様々な自然現象それぞれを神として崇めたのです。こうした神々の中で古代エジプト人が重要視したのが太陽神でした。太陽神ラーという名前で現在は広く知られています。
はじめ、ファラオとは天空の神ホルス自身でした。しかし、これが第4王朝の頃になると、ファラオたちは「ラーの息子」と名乗りはじめます。これは、ファラオの神性を低下させるものでしたが、自分たちの統治をよりスムーズにするためでもありました。
太陽神ラーの神話を自分たちの神話にとりこむことで、より多くの民衆からの支持を集めようとしたのです。のちにファラオたちはアモンをはじめ、様々な神の息子を名乗るようになります。
しかし、こうした神聖な王位は、異民族ヒクソスの侵入などの危機を経て、次第に無条件で有効なものではなくなりました。ファラオたちは、神を崇めその加護を得るという形での統治を行うようになります。
新王国時代(前1550-1069)に入ると、ファラオたちは自分たちの出自を父王の姿をした神と母親が交わることで生まれた王であると定義しました。神が与えた王権による統治ではなく、自分たちが神の子として君臨することを望んだためです。
ファラオたちは自分自身の像を崇拝させることもあったといわれています。こうしたファラオへの信仰はエジプト人による最後の王朝、第30王朝(前380-343)まで続きました。
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