陰陽師の扱う陰陽術のひとつに式神があります。式神とは陰陽師が操る鬼神のことで、人、動物、妖怪など様々な姿になります。また陰陽師には、この式神を使って対象者を呪い殺すことさえ可能だったとも考えられています。では実際のところ、陰陽師たちは式神をどのように使っていたのでしょうか。今回はそんな式神の使い方について、『図解 黒魔術』(草野巧 著)を参考にご紹介します。
目次
そもそも陰陽師ってどんな人たち?
陰陽師とは、古代日本にあった官職のひとつです。飛鳥時代の法制である大宝律令にて制定された、八省のひとつである中務省に属する陰陽寮の中の部門のうち、占いなどを行う役職を指します。官職としての陰陽師は筮竹と竹で作られた呼ばれる道具を使い、占いや大地の相を見ることが仕事でした。陰陽寮には陰陽師以外に、天文道を担当する天文博士(てんもんはかせ)、時間管理を担当する漏刻博士(ろうこくはかせ)などの官職があったと言われています。
やがて時代の流れとともに、陰陽寮に所属する全ての者が陰陽師と呼ばれるようになります。これは官職としての陰陽師が、本来の職務以外にも占術、祭祀に関与するようになったためです。更に時代を経ると、陰陽寮とは関係のない者まで貴族などの民間人を相手に占いをするようになり、占いをする者の総称として、陰陽師を使うようにもなったと見られています。
また大宝律令制定当初の陰陽師には、呪術的な要素はなかったと言われています。これは呪術を専門とする呪禁師(じゅごんし)という役職が典薬寮と呼ばれる医薬を扱う部署にあったためです。しかし陰陽師の台頭により、呪禁師はひとつの組織としは歴史から姿を消し、陰陽師が呪術全般も取り扱うようになったと考えられているわけです。
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実は何にでも憑依可能? 陰陽師の式神使用法
陰陽師による式神の使い方のひとつとして、呪物があります。特定の物に式神を憑依させ、その憑依した呪物を使って対象者を呪殺するという方法です。呪いというと、大掛かりな仕掛けが必要なようにも聞こえます。特に式神を憑依させる呪物には、形代のような陰陽師ならではの特殊な道具があって初めて成り立つと考えている方も、少なくないかも知れません。しかし実際は、式神を憑依させる物の対象に制限はなかったと考えられています。
このとき利用される物は土器、切紙、頭髪、餅など何でもよかった。 『図解 黒魔術』p.128『宇治拾遺物語』の巻十一ノ三続「晴明蛙を殺す事」には、陰陽師として知られる安倍晴明が蛙を呪い殺すところが描かれています。
この時安倍晴明が式神を憑依させるために使用したものは、その場に生えていた草の葉でした。晴明は草の葉を掴み取り、呪文を唱えて式神を憑依させると、そのまま蛙へと投げたのです。この草の葉が蛙に乗るやいなや、蛙はつぶれてしまったと書かれています。呪物の道具に決まった型はないひとつの例と言えるでしょう。
『宇治拾遺物語』では安倍晴明が式神の憑いた草の葉を蛙に乗せることで呪殺していますが、本書ではこのやり方は一般的ではないとも明言しています。
陰陽師たちが式神の憑いた呪物を使う場合の最も一般的なやり方は、呪物を地面に埋めるというものだった。 『図解 黒魔術』p.128呪物を埋める場所もどこでもよいわけではありません。呪詛の標的が寝起きする家屋の床下や井戸の底、よく出かける寺院の境内などが適していると言われています。これは式神が呪いをかけるためには、標的となる相手が敷地内に足を踏み入れることが条件となっているためです。
陰陽師に呪詛をかけられた時の対抗手段は?
呪殺を成功させるためには、呪物を地面に埋める、標的が敷地に入る、といった2つの行動が必要になります。しかしこの2つが達成されたからといって、確実に成功するとは限りません。呪詛にも対抗手段があるためです。これらの呪詛には憑依させた式神を使っていますが、呪物を仕掛けてきた陰陽師より更に優秀な陰陽師であれば、呪詛を払いのけることができるのです。
それは、より優れた陰陽師に依頼し、敵の陰陽師が仕掛けてきた式神を打ち返すことである。 『図解 黒魔術』p.130打ち返された式神は元の陰陽師のところへと帰っていきます。
しかしただ帰るだけではなく、陰陽師自身を呪い殺してしまうのです。これが式神返しの恐ろしいところと言えるでしょう。
『宇治拾遺物語』巻二ノ八「晴明蔵人少将封ずる事」には、呪詛をかけられた少将のために安倍晴明が呪詛返しを行うところが描かれています。
晴明は少将の私宅を訪れ、少将を抱きかかえて一晩中呪文を唱えながら加持祈祷をしました。この時、晴明が使用したのは「身固めの法」です。身固めの法は敵対する式神から防御する護身の呪法で、夜明けまで守れば式神は撃退されるというものです。
この物語でも、安倍晴明に敗れた式神が使役者のところへと帰り、少将の妻の姉妹の夫に当たる人物から依頼を受けていた陰陽師が死亡しています。
このように、式神を使った呪詛は安易に使ってはならない術なのです。
本書で紹介している明日使える知識
- 陰陽道の式神と呪殺
- 式神返しの呪詛
- いざなぎ流「厭魅」の法
- etc...
ライターからひとこと
本来はただの一官職に過ぎなかった陰陽師が、人を呪い殺したり、逆に呪いを返したりと黒魔術師として扱われるようになったことには不思議な因果を感じます。特に呪いを返すためには相手より優秀である必要があるため、身の危険を感じた者たちの陰陽道修行は想像を絶するものだったのでしょう。役職としての陰陽師は明治時代に廃止され、陰陽師の力も歴史の表舞台からは消えました。しかし、民間宗教などでは未だに陰陽道の力が残されているともいわれています。