二代目賢者の参考書 ~第六話~



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作者:冴吹稔

平凡な現代青年が、異世界に放り出されて幾星霜――
 現代知識を用いて辺境の領地を富ませ、賢者として名を成した彼、シンスケ・マガキは、その人生の終わりに二つの遺産を残した。
  彼の知恵を書き留めた一巻の書物と、彼の名を継ぐみなしごの少女、メリッサ・マガキ。
 シンスケはメリッサに託す。一人の知恵と力では、なし得なかった改革を。世の中の機が熟するまでは、おおやけにできなかった更なる知恵を。
 養父の仕事のその先へ進もうとする少女と、彼女を理解し援助の手を差し伸べる若き女領主の、奇妙な戦いが幕を開ける。



第六話「賛同」


 ギルベルトは背後の壁と自分の間に、メリッサをかばうように動いた。
「お前たち、何のつもりだ? 物取りか、それともかどわかしか。あるいは私を狙って殺しに来たのか?」
 男たちは手に手に角材やナイフ、手斧といった、有り合わせの武器を携えている。その中の一人、唇に大きな切り傷痕のある男が二人を下から舐めあげるように見ながら、ギルベルトに答える風でもなく口を開いた。

「へっ……おめえらこそ何しに来たんだ? ぼろを着てたってな、金の匂いはぷんぷん臭うんだぜ。そんな綺麗な爪や、色のいい肌を見せつけてりゃな」
「なるほど、金目当てか」
 ギルベルトの口元がわずかに緩み、皮肉めいた微笑みが浮かんだ。
 右手がムチの様に閃き長剣がさやから走り出た。そのまま踏み込んで下から大振りに斬りつける。
 相手の男はひるんだようにのけぞった。だが素人というにはずいぶん短い間合いで、切っ先を避けている。
「当たるかよ」
 男が勝ち誇ってあざわらった。

 ――と、思いきや。
 ギルベルトは剣を逆手に持ち替えてさらに一歩距離を詰め、バランスのために大きく作られた柄頭を、男のみぞおちに打ち込んでいた。
「げぇっ……」
 悶絶して倒れた男から離れ、ギルベルトは左手から駆けこんできた別の男が振り下ろした手斧をかわす。
 腕の下に潜り込んでひじ関節を逆に極め、体勢を崩させて足元に投げ落とした。

(……強い!)
 メリッサは息をのんで兄弟子の立ち回りを見守った。実のところ彼女自身にも護身術程度の心得はある。
 身長程度の杖が一本あれば、徒歩の追剥ぎ三人程度までは切り抜けられる――そうでなければ、そもそも若い女の身で一人旅などできはしないのだ。
 だが、ギルベルトの腕は次元が違った。見えているだけで十人を超える人数に囲まれながら、最小限の手数で次々に無力化している。それも、殺すことなく。

 さらに一人をギルベルトが石畳に叩き落す。その動きを目で追ううちに、メリッサはうかつにも背後の壁から身を離してしまっていた。その彼女の手首を、不意に強い力でつかむ者があった。
「痛っ!!」
 そのまま手首がねじ上げられ、メリッサは瞬く間に、屈強な大男によって羽交い絞めに固められていた。メリッサの頭の後ろからだみ声が響く。
「おい! 剣を捨てろ、この嬢ちゃんの首をへし折られたくなかったらな」

 ギルベルトは顔色を失って立ちつくした。
「メリッサ殿!? しまった……!」
「おら、早く剣を捨て――」
 
 勝ち誇る大男。だが、その声は妙なところで途切れた。
 ゴツ、と重い音がして、メリッサの脇を締め付けていた腕の力が緩んだ。次の瞬間、足元に握りこぶし大の石が落ちた。立て続けに起こる悲鳴と、重い打撃音。
――うわあっ、ど、どこから!?
――ふ、伏せろ!!

 石は路地の奥から次々と飛来する。男たちは見る間に顔を腫らし手足に打ち身をこしらえて苦悶の声を上げ始めた。
「姉ちゃん、それにそこのおっさん! こっちだ!」
 メリッサの斜め上から、甲高い呼び声がした。見上げて気づく――この間のゴミあさりの少年だ。彼は家々の窓の上に張りだした、雨除けのひさしの上を移動していた。

「走れ! ついてきな!」
 続く声に、メリッサはあとも見ずに駆け出した。ギルベルトも一瞬放心していたが、すぐにメリッサを追った。二人が暴漢たちの凶手を脱すると、投石は家の間の狭い隙間から行われる、散発的で相手を惑わせるものに変わっていった。


 少年に導かれて二人が潜り込んだのは、放棄されたワイン小売店の半地下式になった倉庫らしかった。がらんとしたフロアに壊れた樽の破片が散乱し、隅のほうには破れて藁の飛び出した粗末なマットレスが敷かれている。

 ギルベルトが薄暗い広間を見回し、顔をしかめて鼻をひくつかせた。
「ここに……住んでいるのか?」
  少年はにやりと笑って首を横に振った。

「いんや、ここはおいらたちが使ってる隠れ家の一つだけど、いつもは誰もいないよ」
 どういうことか、と少し話をしてみる。彼らはこうした場所をいくつか確保していて、身に危険が迫ったと感じると別の拠点へ移動するらしい。

「その――助けてくれて、ありがとう」
 礼を言うと少年は照れ臭そうに首を振った。
「べつに、姉ちゃんたちを助けたわけじゃねえよ……あいつらさ――『夜の兄弟団』って名のってるんだけど――汚ねえんだ。何かっていうとおいらたちの上前をはねようとするし、大きくなった女の子がいるとさらっていきやがるしさ」
 そういったとき、彼の幼い顔が一瞬憤怒にゆがんだ。

「だから痛てえ目にあわせてやったのさ……よし、チビ共も戻ってきたみたいだ。表通りに出るなら案内するぜ」
 板切れで擬装された入り口の階段から、もっと幼い子供たちが三々五々と駆けこんできた。

「ブッチ、ただいまー」
「おう、みんなケガはねえか? みんな揃ってるな?」
 どうやら一人も欠けることなく、みな戻ってきたようだ。

「戦乱に飢饉、疫病……親を亡くした子供たちがこんな風に寄り集まって生きているわけか……」
 ギルベルトがため息交じりにそういった瞬間、メリッサは今日彼を連れ出した目的を思い出した。今なら絶好のタイミングだ。

「ギルベルト様、覚えておられます? 先ほど、下水道以外の解決法がある、と言いましたよね」
「そうでしたな」
 もしや、とギルベルトが片眉を上げた。
「この子供たちが、その策に?」
「ええ」
 メリッサはうなずいて、懐から昨夜したためたものを引っ張り出した。ゴミを少なくし、総菜屋の仕入れを健全なものにする計画の草案だ

「今の自由市場を、少し元に近い形に後退させることになりますけど、たぶん下水道より安くつくと思います」

 ギルベルトは無言でそのカンバ柳の紙を手に取り、目を走らせた。
「珍しい紙ですな……いや、それはともかく。ふむ……品質の低い商品を、売れ残ってゴミになる前に買って、総菜屋へおろす……!?」
 ギルベルトが一瞬目をむく。だが、彼は再び首をひねって考え込んだ。

「それでは新参の商人たちの収入が減って……いや待て、そうでもないか……」

「むしろ安定するはずです。それに、さっと売れてしまえば、遠くの村から売りに来た人も昼過ぎには帰って別の仕事ができるわ」

 その先では子供たちが活躍する。これまで通り総菜屋に材料を卸すが、それはゴミではなく新鮮な食材。少し形が悪い野菜や小さめの卵、肥育の不十分な若鶏など――料理してしまえば気にならないものだ。金持ちの食卓に上るものならともかく、庶民の腹を満たすものに、むやみな品質競争は必要ない。
 とりわけ忙しい工房などには、パンに添える総菜を配達する。それも子供たちがやる。
 もちろん、こんな計画を実行に移すには、多くの人手と、孤児たちにまともな服装をさせる費用が掛かる。商人ギルドとの歩み寄りも必要になる。

メリッサは、ギルベルトが相当に難色を示すだろうと思っていた。 だが。

「悪くない。いくつか付け加えるべき点もあるし、仕組みづくりに時間のかかる部分もあるが……試算する限り、下水道よりもはるかに安く済みます。食材の買取費用。子供たちを心無い大人から守る警護の人員――そのあたりは私の力でどうとでもなる」

 ギルベルトは微笑みながら、草案をうやうやしくメリッサの手に返した。

「市場を駆けまわって子供たちが食材や弁当を運ぶ……やりましょう、これは確かに気の利いた計画だ。どうして私自身がこれをもっと早く考えつけなかったのか」

「そんなに賛同が得られるとは、正直、期待していませんでした……一体どうして?」

「簡単な理由です、メリッサ殿……かつては孤児だったのですよ、私もね」

 物珍しそうに二人のところへ寄ってきた八歳ばかりの男の子を、ギルベルトは楽しげに抱え上げて肩の上に乗せた。