それぞれの時間、魔女の時間とミルフィーユ


書き手:星宮すみれ

テレビCMに、すごく久しぶりにキキが出ていましたね。

以前よりちょっとだけ大人びた表情。特徴的な赤いリボン。魔女の証である「黒の中の黒」の、黒い服こそ着ていませんでしたが、冠婚葬祭OKのセーラー服姿(現代では群を抜いて地味な服装でしょう)。13歳のとき、故郷から出発の前に作ったようなちょっとお洒落な細身のホウキで、昔と同じように、歩くのと同じくらい自然に、空を飛んでいました。ジジも、昔と同じようにピンピンに真っ黒の、魔女にふさわしい伝統の黒猫。――長いバージョンでもほんの30秒ほどのフィルムです。ご覧になった方も多いのではないでしょうか?
賛否両論あるかとは思いますけれど、わたしはそんな彼らの姿を、元気でそうで良かったなあ……と、故郷でくしゃみの薬を作っているであろう、キキのお母さんのような心境で、ほほえましく眺めました。
アニメ『魔女の宅急便』が映画館で封切られたのは、今を去ること1989年。当時キキやトンボと同じくらいの年齢だった方々も、今ではパン屋のオソノさんを飛び越え、キキのお母さんのコキリさんと同じか、それ以上の年齢になっているはず……なので、まあこの辺はよしとして。
今回のキキは17歳。セーラー服が制服の、高校生という設定です。
……でも。 17歳のキキは、原作ではすでにトンボさんとの淡い恋をスタートさせているはず、なんですよね。そもそも、小学校6年間の後は、学校にも行っていないんじゃなかったかな。

13歳で魔女の修行のため故郷を離れたキキは、コリコの街で様々な人たちと出会い、ゆっくりと成長していく。そんな小さな魔女の、生活と成長の物語――簡単に言うと、1989年の映画は、そんな感じです。
しかし、角野栄子さん作の『魔女の宅急便』では、この後もずっとキキの物語が続き、最終巻の6巻では、お母さんになった35歳のキキが登場します。
この他、2014年には実写での映画化。そして今回のCM出演。エトセトラ、エトセトラ……。
――これ全部、キキです。でも、全員、何となく少しずつ、決定的に違う。
この事象に対して、面白く思えない方もいらっしゃるかもしれません。でも、わたしは思うのです。
「なんかこれ、ものすごーく、テーブルトークRPGっぽいなー!」……と。



現在では、様々なテーブルトークRPGが発表・販売されています。
好きなシステムは、人それぞれ。もちろん、遊ぶタイミングも、人数も、そのときのキャラクターの組み合わせなども色々です。
そして、その日のゲームの結末は、セッションの数だけ存在します。
たとえ、同じシステムの同じシナリオをプレイしていたとしても、その日のメンバーやマスターさんの演出によって、その色合いはだいぶ変わってくるでしょう。
以前、全く同じシナリオを、同時に、別個のシステム・別々のマスターさんによる別々のテーブルで遊んでみたことがあるのですが、その結果があまりにもバラバラだったため、「もとは同じシナリオ」という事実に気づかれずに終わったことすらあるくらいです。
むかーしむかし、マスター経験が浅く、思ったようにセッションが進まずに困ってしまった頃には、本当にこの現象が不安でした。わたしだけではなく、「思う通りに行かない」のは、人間にとって、結構なストレスですよね。
でも、経験値はあまり上がらないまま年だけ重ねた今、一歩離れて考えてみると、それがテーブルトークRPGの一番の魅力なのではないか。そう思うのです。
その時々に遊んだ結果の物語は、例えるなら、色々なクリームの層でできたミルフィーユ。カスタードクリームの層や様々なフルーツの入った層もあったりして、重なれば重なるほど、見た目も豪華でワクワクでしょう!
大きな口を開けて一気にほおばるか、ナイフとフォークで上品に頂くか……食べ方によって、おそらく味もだいぶ違いますよね。罰ゲーム的お味が当たってしまっても、その時はまあ、その時で。

アニメのキキが映画のスクリーンを飛び回っていたこの時期、当時学生だったわたしの感覚では、テーブルトークRPGはまだそこまで世間に浸透してはおらず、「RPG」といえばコンピュータゲームの1ジャンル。ドラゴンクエストもファイナルファンタジーも、まだまだ数字の若い頃でした。 世間一般の中学生や高校生にとってRPGというのは、家で一人遊ぶもの。学校で同じゲームを遊んでいる友人と進捗状態を確認し合い、遅い方には絶対、その後に展開されるイベントやシナリオについてネタバラシしてはならない。――そういう鉄の掟がありました(少なくとも、わたしの仲間内では)。
なぜなら、その時そこにあったのは、ほぼ確実に皆共通の「1本道シナリオ」だったから。 はいを選んでもいいえを選んでも、結果的にほんの少しの分岐の差異があった後、それが「あたり」の選択であればメインの筋にきちんと戻され、そこから外れればゲームオーバー(ゲームブックも大抵はこれと似たようなシステムでした)。そうやって正解を重ねていって、ようやくエンディングにたどり着ける――わたしが人生で初めて出会ったRPGというゲームは、そういう種類のものだったのです。……ゆえに、ネタバラシは厳禁。みんなで同時に読み進めている推理小説の犯人を、一番に読み終えた者がばらしてしまっては興ざめですからね。
言うなれば……すごく美味しいロールケーキ、みたいなものでしょうか。うすーく切って小出しにするとヘナリと曲がって切なくなるので、ある程度の厚さにしてお皿に盛る(ゲームの話は、最低でも章ごとレベルまでためてからの方が盛り上がる!)のも、何となく似ています。
だからこそ、テーブルトークRPGに初めて出会ったときの衝撃は大きかった。 一応ルールはあるものの、基本的にはゲームマスターとの「会話での」交渉。サイコロの目が悪くても、決定的なファンブル以外には、どこかに細い抜け道があるゲームが大半だったように思います。プレイヤーは大概、そういう抜け道を見つけることや、その抜け道を無理やりに通り抜けるのが大好きです。(そうですよね?)
そうやってそれぞれのプレイヤーが、それぞれに見つけた抜け道を鎧やら剣やらをガチャガチャ言わせながら(ファンタジーの場合)無理やり通り抜け、その足跡を振り返ると……元々は確かに同じシナリオを元にセッションを進めていたはずなのに、全く別の物語が、セッションの数だけ残っているという結末となるわけで。
その結末と、無数にある足跡に、わたしは魅了されました。
――ロールケーキよりミルフィーユの方が好きなだけだろう、と言われてしまうと……どうなんだろう? 否定しきれませんが、それだけではないです。と思います。たぶん。いや、きっと。



想像するに、今回新たにお目見えした17歳の女子高校生キキは、原作を深く愛する方には特に、受け入れてもらいにくいのではないか……という気がします。わたしも、初めて見たときには正直、ただただ驚きました。
もっと言えば、原作のキキにだって、有名なアニメのキキにだって、実写映画のキキにだって、一言ある方はそれぞれいらっしゃるでしょうし、全てのキキに影のように寄り添うジジにだって、何か文句のある方が皆無とは思えません。
そもそも、キキと同じ年のはずのジジが猫年齢17歳にしては音に対して反応良すぎるんじゃないか……とか、わたし個人的にもほんの少しだけ思わなくもないのですが、その辺は原作の『魔女猫』設定を流用しているのかな? とか考えはじめると、いきなり楽しくなってくるので不思議なものです。
それぞれの物語がそれぞれのTRPGのセッションだと思えば、それこそ魔法にかかったみたいに、ストンと納得がいってしまうんです。あ、そういう展開もありかもねー……とか、そんな感じで。

頑張っているキキも、トンボとうまく行かなくてヤキモキするキキも、プール掃除をするキキも(個人的にはこのカットが一番好き)……それ以外にもたくさんのキキが、多分目に入らないところに、それこそ無数にいるように、パラレルワールドよろしく、可能性も結果も、きっと無数にあると思います。 そんな可能性と結果の層でできたミルフィーユ。きっと層が重なれば重なるほど、複雑で面白い風味になっていくのでしょう。ちょこちょこ味見をしつつ、欲張って、もうちょっと大きくなるのを待とうではありませんか。
ちなみに、原作『魔女の宅急便』の外伝2作目が、2017年5月に刊行されました。まだまだ、このミルフィーユは大きくなりそうですね。楽しみです!


■TRPGきまぐれがたり。/星宮すみれ

◎星宮すみれさんのコラム
「なつやすみ」の風景