「口噛み酒」は実在した! 口で噛む酒造りの理屈と日本の神話

口噛み酒

お酒は古代から現代に至るまで、私たちの疲れを癒し、気分を高揚させ、明日への活力をもたらしてくれる存在です。そんなお酒には、様々な伝説があるのはご存じでしょうか。 『酒の伝説』(朱鷺田祐介 著)では、蜂蜜酒、リキュール、カクテルといったお酒にまつわる逸話や伝説を多数紹介しています。
今回はその中から、口噛み酒に関する伝説をご紹介します。映画『君の名は。』にも登場し話題となったこのお酒には、どんな物語が隠されているのでしょうか。また、口噛み酒は本当に実在したのでしょうか?

目次

口噛みの酒にまつわる神話①アマテラスとスサノオ

口噛み酒とは、文字通り、穀物を口で噛んで造る酒のことです。穀物がお酒に変化すると聞くと不思議な気がしますが、次のような理屈があります。
ご飯をゆっくり噛んでいると、だんだん甘くなってくる。これが唾液に含まれる酵素アミラーゼの効果で、でんぷんが糖化されるという現象だ。これを使って酒造りをするのが、口噛み酒である。穀物を口で噛んで、でんぷんを糖化させるとともに、唾液に含まれる酵素を使って発酵を促進する。 『図解 酒の伝説』p.43
この口噛み酒は、古来より日本でも製造されていました。 日本神話にも、穀物の神や酒の神が登場する神話がいくつも残っています。 たとえば『古事記』に登場するアマテラスとスサノオの神話には、2人が互いの持ち物を噛んで吐き出し、神の子を生むというシーンが登場します。
アマテラスは、スサノオの持つ十拳剣(とつかのつるぎ)を折り、天の真名井(まない)の水とともに噛みに噛んで吐き出し、3柱の女神を得る。多紀理比売(たぎりひめ)、市寸島比売(いちきしまひめ)、多岐津比売(たきつひめ)で、これらは宗像三女神とも呼ばれ、九州北部の島や宇佐神宮などで信仰されている海洋の女神であるが、同時に酒の女神ともいわれる。 『図解 酒の伝説』p.45
アマテラスが剣と水を噛んで生まれたのは酒の神でした。 スサノオもまた、アマテラスの持ち物を噛んで神様を誕生させます。
一方、スサノオはアマテラスの装飾品をもらいうけ、同様に、噛みに噛んで、天忍穂耳命(あまのおしほみのみこと)など5柱の男神を得る。天忍穂耳命は、天孫として降臨するホノニニギの父である。ホノニニギは皇祖神であると同時に、稲作の神ともいわれる。稲の神ということは、当然、酒の源となる米の神、稲魂(いなだま)である。 『図解 酒の伝説』p.45
つまり、アマテラスが誕生させたのは酒の神、スサノオが得たのは酒の原料となる稲の神だったのです。神が噛んだ物から酒と縁の深い神が誕生するというのは、まさに口噛み酒ですね。

スサノオと酒にまつわる話は、ヤマタノオロチを退治する神話にも登場します。スサノオがヤマタノオロチを酒で酔わせて寝入らせ、退治するという物語です。こちらは口噛み酒ではありませんが、日本神話と酒との関連の深さがうかがえるのではないでしょうか。

口噛み酒2

口噛みの酒にまつわる神話②道主日女命

『播磨国風土記』にも、女神が酒を造る話が登場します。
荒田(あらた)と呼ばれる村に住む道主日女命(みちぬしのひめのみこと)という女神は、ある日、父親がわからないまま子どもを生みます。そこで彼女は酒を用いて占いを行い、神意を問うことにしました。
彼女が7町の田を耕すと、7日7晩の後に稲穂が実った。それを用いて酒を醸した彼女の元に、諸々の神々が集まったので、彼女は酒を捧げ、子供に彼らを見させた。すると子供は、天目一命に向かいじっと見つめたので、彼こそが父と分かった。 『図解 酒の伝説』p.49
同様の話は『山城国風土記』などにも登場します。
神様が酒を醸すというストーリーは日本神話の中で繰り返し語られる題材でした。酒造りにまつわる神も神話に複数登場します。たとえば酒造りを伝えたとされる少彦名命(すくなひこなのみこと)、酒造りの神として崇められた神阿多津比売(かみあだつひめ)(またの名を木花咲耶比売(このはなのさくやひめ)とその父・大山津見神(おおやまつみ)など、数え上げればきりがありません。

沖縄で造られていた口噛み酒・ミシ

口噛み酒は日本神話に登場するだけでなく、実際に造られてもいました。その一例が、沖縄の神酒、ミシです。
西表島を始めとする八重山諸島では、大正時代の終わりまで、ミシは選ばれた神女が口噛みで造っていた。ミシ造りにあたるのは、歯のよさで選ばれた未婚の若い巫女である。 『図解 酒の伝説』p.50
ミシはうるち米から造られました。まず、うるち米を水に浸け砕いたものを、ふるいにかけたり炊いたりして、米粉と米片の混合物を作ります。これを未婚の乙女たちが噛んで、鍋に吐き出していきます。
噛み終わった物をさらに石臼で挽き、甕に入れておくと3日ほどで5度程度の弱い酒になり、これを神祭りの神酒として使うのである。これは神事の酒であり、大人も子供もこれを飲んだ。さらに日を置くとやや酸っぱくなるので、病人に精をつけるために与えられる。 『図解 酒の伝説』p.51
このように、ミシは主に神様に供えるために造られた儀式用の酒でした。巫女が口噛み酒を造った例は沖縄だけではありません。
アイヌ族の熊祭りでも口噛み酒が造られていたといいます。

日本だけでなく、世界にも口噛み酒は存在していました。インカ帝国のチチャはトウモロコシを噛んで造られ、神に捧げられた酒です。他にも、カンボジアや台湾、さらには中南米やアマゾンでも口噛み酒は造られていました。
口噛み酒は神話の中だけでなく、日本を含めた世界のあちこちで実際に造られていた酒だったのです。

口噛み酒3
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ライターからひとこと

日本神話には、スサノオをはじめとする神様たちが酒を造ったり飲んだりするシーンが数多く登場します。彼ら神様も愛したお酒を、現代の私たちも飲んでいると考えると、何だかロマンチックですね。
本書ではこの他にも、酒にまつわる世界中の物語を紹介しています。お酒を片手に本書を楽しむのもまた一興です。