イギリスが舞台のドラマや映画を観ていると、貴族や労働者といった階級の違いにまつわる物語に出会うことがあります。でも、階級とはいったい何でしょう? 日本ではあまりなじみのない言葉ですよね。
『図解 メイド』(池上良太 著)では、メイドの仕事内容や生活、メイドをとり巻く歴史背景などをわかりやすく解説しています。今回はその中から、19世紀のヴィクトリア朝を中心としたイギリスの階級社会についてご紹介します。
目次
労働する必要がなかった上流階級の人々
イギリス社会の階級は、大きく分けると上流階級、中流階級、労働者階級の3つに区分できます。それぞれどのような人々のことを指すのか、順にみていきましょう。いわゆる上流階級に属していたのは、イギリス王室を筆頭に、貴族やジェントリといった人々です。
貴族は、公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵といった爵位を持ち、1万エーカー(1エーカー約4046.9平方メートル)以上の土地を所有している階層である。ジェントリは爵位を持たない大土地所有者で、最低の所領しか持たない小地主でも1000エーカー程度の土地は所有していた。 『図解 メイド』p.34上流階級の人々の特徴は、広大な土地を持ち、労働する必要がなかったという点です。その分、彼らは国会議員や判事といった報酬の出ない名誉職を引き受けたり、慈善活動を行ったり、有事の際には率先して軍役に就くなど、いわゆる「ノブレス・オブリージュ」の精神で社会に貢献することを求められていました。
生活面でも、上流階級はできるだけ労働しなくて済むような暮らし方を好みます。そのため、家事や育児、細かな手仕事などを担う使用人は、上流階級にとって無くてはならない存在でした。中には使用人がいないと服を着ることすら難しかった女性もいたといいます。
上流階級の人々にとっては、多くの使用人を雇えることが一種のステータスでもありました。また、馬車を所有していることも上流階級の証とされています。
上流階級の子どもたちは、パブリック・スクール(私立の名門学校)でジェントルマンになるための教育を受けます。教育内容はラテン語やギリシア語、スポーツなどで、社会に出てから役に立つ実用的な内容というより、アマチュア学者的な学問の追求に主眼が置かれたものでした。
中流階級は頭脳労働の担い手たち
中流階級の人々は、いわゆる頭脳労働の担い手でした。彼らを大きく分けると、商業、工業、金融業などで財産を築いたブルジョア階級と、弁護士や医師、軍将校といった専門職の2種類に分類できます。
どちらの職種にせよ、彼らは収入を得るために労働をしなくてはならなりません。そのため勤労と倹約が美徳とされていましたが、一方では上流階級入りを目指し、上流階級の生活スタイルを真似することも多かったといいます。
中流階級の子どもたちも、パブリック・スクールで学びジェントルマン教育を受けます。しかし上流階級とは違い、その教育は実用的で専門的であることが求められました。
中流階級の人々も、料理人や客間女中、家女中といった使用人を雇い生活しています。中でも医師や弁護士といった知的職業の人々は、体面を保つために最低3人は使用人を雇う必要がありました。それ以外の家庭でも、雑役女中を1人雇うことがありました。上流階級に雇われる使用人は、数が多いため担当する仕事内容も細かく決まっていますが、こうした中流階級に1人または数人だけ雇われる使用人の場合、家事全般をこなさなくてはいけない上に、農作業や商売の手伝いをさせられることもあるなど、非常に苦労したといいます。また雇用主側も、見栄を張るために苦しい家計の中から何とか費用を捻出して使用人を雇うなど、使用人をめぐる中流階級の事情は厳しいものでした。
さらに中流階級のなかでも低収入の者たちとなると、経済的に労働者階級と大差ない暮らしを送っていたケースも多々あります。彼らは後に労働者階級の人々とともに、イギリス大衆文化の牽引役となります。
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肉体労働者で、国民の大多数を占めていた労働者階級
最後に労働者階級についてみていきましょう。労働者階級は、当時のイギリスの人口のうち大多数を占めており、小作人や工場労働者、街頭商人といった肉体労働を生業とする人々で構成されています。
彼らの収入は多いとはいえず、給料から家賃や食費を差し引くとほとんど何も残らないこともありました。
労働者階級の子どもたちへの教育は当初はあまり重要視されず、文字が読めないまま大人になることもありましたが、1830年代~1870年代になると初等教育が充実し始め、国民の識字率も増加します。
上流階級や中流階級に雇われていた使用人のうち大多数は、労働者階級の出身です。特に女性は12~13歳になると家事奉公に出ることが一般的でした。住み込みの仕事のため住居や食事に困ることがない上、給料ももらえるため、使用人は条件が良い仕事だと思われていたのです。
しかし、ヴィクトリア朝中期以降になると、工場労働など女性が就くことのできる職業が多様化し、使用人になりたいと思う女性は減っていきました。
労働者階級の中にも、熟練労働者など、豊かな階層が存在します。彼らは皮肉を込めて「労働貴族」と呼ばれていました。労働者階級の人々は、一般的には使用人として働く側の者が多いですが、労働貴族たちは逆に日雇いの雑役婦を雇うなど、使用人を雇用する側になることもありました。さらに余暇にレジャーを楽しんだり、比較的豊かな食事を取ることもできた彼らは、後に一部の中流階級と共に大衆文化の流れを作り出すこととなります。
このように、ヴィクトリア朝時代のイギリスには上流階級、中流階級、労働者階級の3つの階級が存在していました。今回ご紹介したような階級ごとの違いは、その後時代によって少しずつ形を変えていきますが、現在でもイギリス社会に根付いています。
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