【クリスマス短編】雪降る夜の落とし物


☆クリスマス企画☆
「聖夜に読みたいショートストーリー」にご応募いただいた物語です。

◇◇

寂しい日々を過ごしていた主人公が拾ったのは、小さなプレゼント箱。
思わぬ拾いものが、彼の人生にささやかな変化をもたらす――


雪降る夜の落とし物

作者:Veilchen

 十二月も半ばを過ぎた年の瀬。夕闇の迫る中ちらちらと舞い始めた粉雪にホワイトクリスマスを期待するのか、すれ違う人は皆空を見上ていた。でも、俺には雪にはしゃぐような心の余裕はない。
 クリスマスを一緒に過ごすような恋人も友達もいない。実家はあるが、求職中の身の上では旅費を捻出するのも難しい。面接に臨んでは落ちるのが何度も続くと、将来の暗さに自然と俯きがちになる。

 「それ」に気付いたのは、だから、そんな風に地面ばかりを見つめて歩いていたからだろう。

 雪で白く染まりかけた歩道に鎮座する、鮮やかな赤の小箱。つやつやと輝く高級そうな包装紙に、箔押しの金の模様。十字にかけられた緑のリボンも金の縁に彩られていて、絵に描いたような「クリスマスプレゼント」だった。

「落とし物……?」

 呟きながら辺りを見渡しても、誰も気付いていないようだった。落とし主らしい姿も見当たらない。雪と一緒に空から降ってきたんじゃないかと思ってしまうくらい、唐突かつ汚れることもなく綺麗にちょこんと座っている、赤と金と緑。
 しゃがみ込んで、その小箱を恐る恐る手に取った俺はきょろきょろと前後左右を見渡した。まるで悪いことでもしてるかのような――いや、確かに俺は後ろめたさを感じていた。

 周囲を気にするのは、落とし主を探してのことじゃない。渡してあげようと思った訳でも、交番に届けようとしたのでも、ない。

 この季節で、プレゼント。それなら中身はきっとアクセサリーだ。プロポーズに失敗して、本命以外からの迷惑なプレゼントだから。この時期になるとネットオークションにその手の出品が増えるとかいうじゃないか。
 プレゼントを贈る相手がいるような奴――これを落としたのは、俺より恵まれた奴に決まってる。だから、俺がもらったって良いだろう。俺には金が必要だ。動悸が収まらない心臓は、そんなのは言い訳に過ぎないと俺の良心を責め立ててきたけれど。気付かない振りで、俺は足早に家を目指した。



 俺の家は古い木造マンションの一室だ。大した家具もなく、光熱費もケチってるからいつも暗くて寒い。そんな部屋で拾った小箱を取り出してみると、鮮やかな赤と緑が眩しいくらいだった。

「ブランドとか、書いてないのかな?」

 呟いたのは、クリスマスの華やかさとは無縁の惨めさを誤魔化すため。とにかく、中を見て何が入ってるか確かめないと。
 リボンを解くしゅるりという感触に、後ろめたさを上回るわくわくとした気持ち。もう何年もご無沙汰のときめきに、俺のじゃない拾い物のプレゼントのお陰でありつけたと思うと、何か泣きたい気分になった。

「失礼しますよ……」

 誰も聞いていない言い訳をしながら、包装紙の中から現れたベルベットの箱に手を掛けて、開く。

「何だ、これ」

 そして現れたモノを見て、俺は思わず間抜けな声を上げていた。

 箱の中には、白い砂が詰まっていた。浜辺の砂、というよりはガラスを細かく砕いたみたいな硬質で冷たい煌きがある。そしてその中心に、花の蕾――のようなものが植えられている。葉も花も銀色で、砂と同じようにガラス状のつややかさを纏っている。だから造花かな、と思ったけど。でも、細かな葉脈や蕾の瑞々しさは造り物にしては出来過ぎていた。
 ペンダントでも指輪でもないようだし、砂にしっかりと埋まっている感じは、やっぱり植物としか思えなかった。

「何なんだよ……」

 その蕾は、自ら光を発しているようで、銀色の光が俺の薄汚れた部屋を温かく照らしていた。その光に見とれながら、でも、落胆は抑えられない。これじゃオークションに出しても売れないだろう。

 金にできないなら元のところに置いてこようか、とも思った。でも、寒い冬の夜にまた外に出るのはご免だったし、この不思議な銀色の蕾は確かに生きているようだ。名前も知らないけど、植物なら寒空の下で雪に埋もれるのは可哀想だ。
 何より、この光はあんまり綺麗で温かくて、いつまでも見ていたいと思うほど。

 だから俺はその蕾を育ててみることにした。



 思わぬ拾い物から数日経ったクリスマスイヴは、また雪だった。特別な夜に相応しく、ケーキらしい箱を抱えた親子連れ、腕を組んで歩くカップルもあちこちに見える。
 そんな中で俺の状況は相変わらずだ。ないない尽くしで、世間の浮かれようも遠い世界。――でも、不思議と僻んだ気分にはなってない。一人でも、スーパーの総菜に缶ビールでも。できる範囲のご馳走で良いじゃないか、と。ささやかな贅沢をしようと思って買い物に出たところだ。

 この心境の変化は、多分あの花のお陰だ。部屋の中に彩りがあるってことが俺の心を明るくしてくれている。ドアを開けた時に銀色の輝きが目に入ると純粋に嬉しいし、寒いんじゃないかと思うと暖房も前ほど惜しんでない。そうすると俺も部屋の居心地が良くなる訳で、そういうところからも気持ちに余裕が出てるのかも。

 犬猫なんかじゃない、動かない花でも潤いになるくらい俺の生活は枯れ切ってたってことなんだろう。でも、目に見える変化だってある。最初は固く閉じていた蕾は日に日に綻んで、昨日とうとう開いてくれた! 日当たりの良いところに置いたり朝晩水をやったりしたのが報われたのも誇らしかった。

「それにしても、何て花なんだろうなあ」

 肥料とか水遣りとか、知らないままだと怖いから、花の名前を調べようとしてはみた。でも、あんな銀色の、氷かガラスで作ったみたいな花の写真はどんなにネットを漁っても出てこなかった。薔薇みたいに花びらが幾重にも重なって、でも、花びらの一枚一枚はもっと薄くてレースみたいで、綺麗というより可愛らしい。空から落ちてきたような出会い方とも併せると、童話の中の存在とでも思ってしまいたくなるくらいだ。

「どうしよう、どうしよう」
「この辺りのはずなのに」

 と、子供の高い声が聞こえて、俺は足を止めた。ひどく困ったような声だったから――それに、あの花を拾ったのもちょうどこの辺だったと気付いたから。何か、他人事でないというか、後ろめたさを思い出してしまったんだ。

「もうクリスマスなのに」
「サンタさんに怒られちゃう」

 声の元を辿った先に、色鮮やかな赤い服をまとった子供が二人いるのを見つけて俺は目を瞠った。おさげの女の子と髪の短い男の子。チュニックみたいな服には緑と金で縁取りがされていて、どうもあの花を包んでいたリボンと包装に似ている気がする。

「あ。おじさん、私たちが見えるのね」
「これくらいの箱を探しているの」

 しまった、気付かれた。二人の子供が俺に駆け寄ってくる。近くで見ると双子みたいにそっくりで、声を揃えてねえ知らない、って言われると頭がくらくらしそうだった。

「いや、俺は……」

 幼稚園か何かの出し物だろう、衣装と脚本なんだろうと信じ込もうとしても、自分を騙すのは難しかった。雪のちらつく夜に、子供だけでうろうろしてるのはおかしいし。この子たちは薄着なのに寒そうにしていないし、吐く息も白くなってない。

「大事なプレゼントなのに落としちゃった」
「綺麗なお花。待ってる子がいるの」

 本人たちが言った通り、俺のほかに奇妙な双子に気付いている人はいないようだった。歩道の真ん中で立ちすくむ俺を、邪魔そうに避ける奴がいるくらいで。
 そうだ、俺だって薄々気付いていたんじゃないか。あの花は普通じゃない、って。普通じゃないものに普通じゃない持ち主が現れた――なら、観念しなきゃならないんだろう。

「ああ……ちょっと、ついてきてもらえるか?」
「ほんと!?」

 俺のたったひと言で、子供たちは顔を輝かせて飛びついて来た。俺を責める気配が全くないのがむしろ辛くて、そしてそれ以上に、あの花を手放さなきゃいけないらしいということが切なくてならなかった。



「わあ、咲いてる……!」
「すごーい」

 俺の部屋の薄っぺらな扉を開けるや否や、不思議な子供たちは靴も脱がずに駆け込んだ。

「あ、こら――」

 土足はやめろ、と叱ろうとしたものの、子供たちが通った後には泥の一滴も落ちていなかった。小雪の降る中を来たっていうのに、靴に羽根でも生えて飛んでるみたいだ。いつも通りに冷たい廊下の感触を足裏に感じながら子供たちを追いかけると、ふたりともあの花を覗き込んで嬉しそうに笑っていた。

「良かったあ」
「おじさん、ありがとう」

 仄かな銀色の輝きを放つ花を真ん中に、鮮やかな赤と緑の服をまとった双子たち。ぺこりと頭を下げるのを改めて見れば、整った可愛い顔の子たちだった。くたびれた俺とは対照的で、綺麗な花とも似合いで――だから、これはもうしょうがないな、と思った。そもそも俺のではないものだったんだから。

 花と子供たちの眩しさに、俺自身の抱える後ろめたさに。しっかり前を向くことができなくて、目を逸らしながら、呟く。

「いや、俺は何も……」
「そんなことないよ」
「おじさんの気持ちでちゃんと咲いてくれたの」
「気持ち……?」

 しゅるり、という音に目を上げると、男の子が服の裾を摘まんでいるところだった。するとなぜか赤い生地が伸びて広がる。小箱を拾った時の包装紙だ、と気付くと同時に、もう一度しゅるり、という音が。女の子が服の裾の緑の縁飾りを引っ張ると、こちらはリボンになっていく。

 二人がてきぱきと手を動かすと、瞬く間にあの夜拾ったプレゼントができあがっていた。赤い包装紙に緑のリボン、金の飾り。

「この花は、寂しい気持ちに咲く花なの」
「病気の女の子に贈るんだけど。蕾よりも花の方が喜ぶと思う」
「寂しい気持ち、か……」

 なるほど、俺のこんな部屋でも咲くはずだ。仕事も友達も何もない俺の寂しさに根付いて、この花は咲いてくれたのか。じゃあ、最近気分が良かったのもそのお陰か。寂しさが花の栄養になったから、俺の心からは消えたのか。

「それなら良かった……のか? まあ、その子によろしくな」
「うん!」

 泥棒みたいな真似を咎められなくて安心半分、居た堪れないのが半分。我ながら情けないのは、花がなくなったらまた惨めな気持ちで過ごすのか、と女の子が抱えた小箱から目が離せないこと。惜しむ権利なんて、俺にはないのに。

「あ、これ、お礼」
「うん……?」

 と、男の子が俺に小さな拳を差し出した。反射的に掌を広げると、開いた拳から零れたのは一粒の小さな種だった。花と同じで銀色で、見た目の割にずしりと重い。

「おじさんのお陰で種ができてたみたい」
「プレゼントは花だけだもの。こっちはおじさんが育ててね?」
「あ、ああ」

 ぎゅっと握りしめると、種は何だか温かくて。意外な熱に驚く間に、二人の子供はじゃあね、と手を振ってまたドアの方へ駆けて行った。

「あ、まだ……」

 声を掛ける暇もなかった。慌てて追いかけて見渡しても、味気ないマンションの廊下に雪が降るだけで誰もいない。

 ただ、子供の明るい笑い声が遠くに消えていくような気もした。



 花のお陰かは分からないが、年明けには職を見つけることができた。

 しばらくは慣れるのに手いっぱいで寂しさなんて感じる暇もない日々。種には栄養が足りなかったのか、窓辺に置いた鉢植えは、大分長いこと土の容れ物でしかなかった。
 小さな芽が土を押しのけて覗いているのに気付いたのは、桜の花びらが舞い始めた季節のある朝のこと。懐かしい銀色の輝きも、冬の冴えた空気じゃなく春の日差しの中だと雰囲気もまた柔らかい。

「久しぶりだな……」

 今の俺だと、また花が咲くまでに時間が掛かるかもしれないけど。やり切れない時、弱音を吐きたい時、その気持ちを糧に咲く花もあると知っていれば頑張れる気がした。
 そしていつの日かまた種を結ばせることができたら、寂しい人に分けてあげたい。あの夜の思わぬ拾い物で俺が救われたように、俺が咲かせた花が誰かのためになるとしたら。

 そんな日を夢見ながら、俺は顔を出したばかりの芽を掌に包み込んだ。


(Fin)

ぱん太からひとこと

きゅっと胸を締めつけるような冬の寂しさに、ささやかな希望を与えてくれる物語。
周りを見回したら、意外なところに幸せのプレゼントが落っこちているかもしれないね。

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