農業・畜産・漁業 城塞都市の暮らしを支えた産物とは

城塞都市_暮らし
農業、畜産、漁業。いずれも私たちの食生活を支える重要な産業です。では中世ヨーロッパではどんな産物が作られ、食物として加工されていたのでしょう。
『図解 城塞都市』(開発社 著)では、中世ヨーロッパを主とした城塞都市の世界に関心をお持ちの方への入門編として、城塞都市に住む人々が当時どのような暮らしを送っていたかを丁寧に解説しています。
今回はその中から、都市の暮らしを支えた農業・畜産・漁業について、食物に加工された産物を中心に、どのようなものがあったかをみていきます。

目次

城塞都市の暮らしを支えた産物①主要作物は穀物

中世の主要作物は、小麦、大麦、ライ麦、オート麦といった穀物類。 『図解 城塞都市』p.76
小麦は主にパンにするために栽培されていました。ライ麦もパンの材料ですが、小麦よりも寒さに強い品種なので、北欧やドイツなど寒い地域でも広く作られていました。
オート麦は家畜の餌として利用されており、ライ麦よりもさらに悪条件に強いため、山岳地帯などでも生産されていたといいます。また大麦もライ麦と同じく寒さに強いのですが、こちらはパンの材料というよりビールやエールの材料として使われていました。

これらの穀類は収穫後、粉にして保存されていました。臼を使い人力で粉を引くこともありましたが、馬を使って引かせたり、水車なども利用していたようです。水車はローマ時代にはすでに存在していましたが、当初はあまり活用されておらず、中世になってから急激にヨーロッパ各地に広まりました。
こうした農作物の多くは城塞都市の近くにある畑で収穫されていました。畑を世話する農民は近くの村に住居を構え、戦争が起こると城塞の中へ避難していたといいます。

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城塞都市の暮らしを支えた産物②果物と品種改良

果物も果樹園で栽培されていた。当時の果物は珍味とされ、ほとんどがコンポート(煮詰めた物)として調理されたり、乾燥させて冬期のために備蓄する用途に使われた。また、果実ワインやリキュールの原料にもなった。 『図解 城塞都市』p.76
ブドウは主にワインの原料として、フランスなどを中心に、主にカトリックの修道院によって栽培されていました。
リンゴや梨、桃も中世によく栽培されていた果物です。リンゴはギリシャ・ローマ時代からすでにヨーロッパ各地で栽培されていましたが、現在お店で売られているものよりもサイズが小さいものが主流でした。また梨も古くから栽培されており、フランスやベルギー、ドイツなどが主な産地となりました。桃は中国・黄河上流が原産で、ペルシャからギリシャへと伝わり、地中海やフランス、ドイツ、ベルギー、オランダなどで栽培されました。リンゴ、梨、桃のいずれも中世の頃にはさかんに品種改良が行われていました。
イチゴは元々、野生の小ぶりのものが葉や茎、根も一緒に薬として食べてられていました。

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城塞都市の暮らしを支えた産物③加工品が中心の肉類

食用の家畜としては、ニワトリ、鴨、ガチョウ、クジャク、ウサギ、豚などが城塞の下ベイリー(郭)で飼われていた。 『図解 城塞都市』p.76
豚は中世ヨーロッパで広く飼育されていました。農村では野原や森の中に放し飼いにされ、地面に落ちたドングリなどの木の実を食べていました。また、豚は農村だけでなく城塞都市の中でも飼育されていました。当時の人々は現代のような衛生観念も知識も持たなかったため、道端にゴミや汚物など何でも捨ててしまう生活をしていました。豚は雑食ですので、これらのものを食べる「掃除屋」のような役割をしていたのです。
こうして大きくなった豚は、冬が来る前に処理をされ、塩漬けや燻製にされました。特に農村部では、冬の間はドングリなどの餌が少なく、飼育が難しかったのです。
当時は現代のように新鮮な生の肉を調理して食べることはあまりなく、長期保存できるよう加工して食べることが一般的でした。

ニワトリなどの鳥やウサギ、羊もまたよく飼われていた動物です。羊は肉を食べるだけでなく、毛を刈って衣服を作るのに役立ちましたし、皮は羊皮紙にもなりました。

鳥類の中で現代とは異なる点として、当時のヨーロッパにはクリスマスに七面鳥を食べるという習慣はありませんでした。七面鳥はアメリカ大陸が原産で、コロンブスによる新大陸発見後に初めてヨーロッパの国王に献上された鳥なのです。

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城塞都市の暮らしを支えた産物④魚類も加工品がメイン

中世ヨーロッパでも、沿岸部では漁業が行われていました。
特にヨーロッパ北部ではニシンやタラの漁が盛んで、干物や塩漬けにしたものが内陸部の城塞都市まで運ばれていきました。こうした加工品は保存がきくため、大航海時代が始まると船上でもよく食べられていました。交易品としてもとても重要で、遠くコンスタンティノープル(現在のイスタンブール)まで運ばれることもあったといいます。魚だけでなく、ムール貝や牡蠣などもまた沿岸の住民に食されていました。
ただ、こういった魚類は内陸部の住民にとっては高価な品物で、気安く食べられるわけではなかったようです。

このように、中世ヨーロッパでは様々な食物が生産されていました。
現代と大きく違う点は、品種改良などで形や大きさが違う作物がある点と、食べ方が違う食物があるという点です。当時は食物の保存が難しかったため、新鮮なものはそれほど多くなく、保存がきく形に加工されてから城塞都市の市場などで売買されていました。

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本書で紹介している明日使える知識

  • 防衛上も重要な役割を果たす井戸
  • トイレ・排水(便所用の塔)
  • 学校などの教育機関
  • 町で商売できるのは、ギルドの者だけ
  • 領主の暮らしぶり
  • etc... 

ライターからひとこと

食材の加工や果物の品種改良など、中世ヨーロッパでは様々な取り組みが行われていました。こうした努力のおかげで、都市に住む人々の食生活も豊かになっていったという点は、今も昔も変わらないのですね。 本書ではこの他にも、城塞都市やその周辺に暮らす人々の様子をさまざまな観点から解説しています。年号と名前を覚えるだけだった世界史の授業も、このような新しい視点からみれば身近なものに感じられるのではないでしょうか。