日本の皿も置かれていた 家政婦部屋は使用人の仕事場&食堂

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ヴィクトリア朝の頃のイギリスでは、お屋敷には家政婦部屋が設けられており、家政婦をはじめとする使用人たちが忙しく働いていました。どんな様子だったか、ちょっと覗いてみたいと思いませんか。
『図解 メイド』(池上良太 著)では、ヴィクトリア朝を中心とする使用人の仕事内容、生活や歴史的背景などを文章と図解でわかりやすく解説しています。今回はその中から、家政婦部屋の用途やつくりについてご紹介します。

目次

家政婦部屋とは、家政婦の仕事場・上級使用人の食堂

家政婦部屋は家政婦(ハウスキーパー)が事務仕事などを行う仕事場のひとつです。

家政婦(ハウスキーパー)とは、女性使用人のトップに位置する重要な職業で、お屋敷に勤める女性使用人の雇用や家事に対して責任を持っていました(詳しくはこちらの記事をご覧ください)。

家政婦は家政婦部屋で、女性使用人の面接や管理、家計簿の作成や女主人のスケジュール管理といった事務仕事、出入り商人の応対などを行います。
また、家政婦部屋は家政婦の仕事場であるだけでなく、小間使い(レディーズメイド)が女主人からの呼び出しを待つ際の休憩所にもなっていました。

さらに、家政婦部屋は上級使用人たちの食堂・居間としても使われます。大きなお屋敷では、上級使用人たちは家令(ハウススチュワート)や執事(バトラー)の部屋で朝食やティータイムを取っていましたが、より小規模のお屋敷では、家政婦部屋が上級使用人たちの食堂となっていました。ディナーは朝食とは違い、お屋敷の使用人全員が集まり使用人ホールで食事を取ります。その後、上級使用人たちは家政婦部屋に移動し、デザートやワインを楽しみました。

家政婦部屋はこのように、かなり幅広い用途に使われていたのです。

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ティータイムには有田焼でお茶も 家政婦部屋のつくり

では、家政婦部屋はどのようなつくりになっていたのでしょう?
内装は居心地の良いパーラーのような感じに仕上げられており、仕事とおしゃべりのどちらにも使える感じの良い部屋であったという。 『図解 メイド』p.154
家政婦部屋には暖炉があり、安楽椅子が置かれています。反対側の壁には高さと奥行きのある棚や、天井まで届く大きな戸棚が設置されていました。これらの棚の中には保存食や磁器、リネンなどがいっぱいにしまわれ、厳重に保管されています。家政婦は陶磁器や食卓用のリネンの管理も担当しているため、これらのものが家政婦部屋に保管されているのです。

お屋敷によっては、陶磁器室やリネン室が家政婦部屋に併設されていることもありました。
陶磁器室の中には、有田の染付け皿や漆器といった日本製の食器類が置かれていることも多かったといいます。ヴィクトリア朝のイギリスでは日本文化がブームとなっており、日本製の食器は人気が高かったのです。これらの食器は単なる飾り物ではなく、ティータイムや食事の時に実際に使用されていたといいます。

また、家政婦部屋には陶磁器室やリネン室の他、蒸留室(スティルルーム)や食料品貯蔵室(ストアルーム)が併設されていることもありました。
蒸留室とは元々、薬草などの調合を行うための部屋でしたが、次第に役割が変化し、ヴィクトリア朝の頃には紅茶の茶葉をブレンドしたり、ジャムやお菓子、保存食などを作るための部屋として使われています。これらの保存食や茶葉、スパイス、砂糖などは食料貯蔵室か家政婦部屋の棚の中に保存され、その供給や管理も家政婦の仕事のひとつとなっていました。

さて、視線を家政婦部屋の中に戻すと、テーブルの上にはティーセットが置かれています。上級使用人たちがティータイムを楽しむ時のために用意されているのです。
イギリスには1日に何度もティータイムを楽しむ人が多くいます。ヴィクトリア朝の頃には、上流階級だけでなく、使用人をはじめとする労働者階級の人々にも紅茶を飲む習慣が普及していきました。しかし当時はまだ茶葉が高価だったため、主人たちの飲んだ後の出がらしを飲むこともあったようです。

家政婦部屋の様子や役割について、ご想像いただけたでしょうか?

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ライターからひとこと

遠い国に思えていたイギリスも、日本製の食器が人気だったと知ると一気に親近感がわきます。船ではるばる運ばれた染付け皿や漆器が、イギリスの人たちに珍しがられ、大切にされていた光景が目に浮かぶようです。