竜殺しの称号、金貨何枚で買いますか?②

作者:為三

 華やかな晩餐会の席で、誰よりも注目を集めるために。
 あるいは臣下の前で、主としての威厳を示すために。
 貴族の皆さまは自分だけの『武勇伝』を欲しがっています。

 とはいえまともに剣すら握ったことのない者が、命がけの冒険なんてできるわけもなく、高価な装備を集めたところで、モンスターの胃袋に収まるのがオチでしょう。
だけど武勇伝が作りたい。
 そんなときは〈武勇伝代行業〉に依頼するのがオススメです。

第1話



***


 当初こそロバート様に振り回されましたが、その後は万事順調。
 冒険の旅に出てから翌日の午後、わたしたちは目的地にたどりつきました。
 樹木が生い茂るこの一帯の中では見晴らしがよく、なおかつ身を潜めることができる岩と大樹があるという、キャンプ地としては絶好の広場です。

「魔物退治の準備をいたしますので、ロバート様は休んでいてください」
「ふむ、さほど疲れてはおらぬがな」
 と強がりつつも背嚢を下ろし、岩の平たいところに腰を落ち着かせるロバート様。
 慣れない旅に心労もあったでしょうに、一言も弱音を吐かずによくついてきたものです。
 わたしは彼を少し見直しつつ、広場の主のごとき大樹の根元に向かいます。

「ヴァレリーくん、どこにいくんだい」
「あの樹にはうろがありまして、そこに道具を隠してあるんです」
「……ん? 君は以前もここに来たことがあるのか」
「下調べのために何度か足を運んでおりますよ。そのたびに道具を小分けにして運んでおいたのです。そうしておかないと旅の荷物が多くなって大変ですから」

 そう返しながら、樹霊が口を開けたような空洞からズタ袋をいくつか取りだします。
 すると中に隠れていたのでしょう、小さなイタチが飛びだしていきました。
 彼らはどうやら、あまり喜ばしくない置き土産を残していたようで。
 臭い液が混じった小石のようなそれを、鼻をつまみつつ処理いたしました。

「今回の獲物は嗅覚が鋭く、人の匂いがすると寄ってきません。ですから――」
「この辺で用を足すなということだろう? 君こそ農家のガキみたく、我慢しきれなくなっておいたしないよう気をつけてくれよ」
「な、なにをおっしゃるんですか!」
 あまりの無礼に声を張りあげますが、ロバート様は悪びれもせず笑っています。
 貴族ともあろうお方が、なんとデリカシーのないことでしょう。

「ところで我々はこれから、なんという魔物を狩る予定なんだ?」
「……あ、話していませんでしたっけ。バジリスクです」
「その名は聞いたことがあるぞ。なんでも雄鶏のようなトサカと翼を生やし、尾先は槍のように尖っているという、巨大なトカゲのような魔物だと」
「ほかにも槍で突き刺すと猛毒の血が柄をつたい、その使い手すら死にいたらしめるとか。しかしなにより有名なのは邪眼でしょう。バジリスクの視線を浴びたものは石と化し、飛ぶ鳥すら地に墜ちるほどだと言われております」
「だ、大丈夫なのだろうな? 相手にとって不足ないとも言えるが……」
 さすがにビビってしまわれたのか、ロバート様は不安げにこちらを見つめます。
 体格がよいので大人びて見えますけど、齢は十七かそこら。
 わたしより三つほど下ですから、しゅんとしていると可愛らしく思えますね。

「実物はそこまで凶悪ではないのでご安心を」
「どういうことだ……?」
「だってさきほどの話はデマですから」
 簡潔にお伝えすると、ロバート様ははてなと首をかしげました。
 なので詳しく説明します。

「彼らは生息域が限定されているので、あえて探そうとしないかぎり遭遇すること自体が稀です。そのため名前は知られているものの姿を見たものは少なく、逸話の出所は不運にも襲われてしまった旅人によるものばかりです」
 つまり話を盛りたい放題。
 そのうえ伝聞を重ねた結果、別の魔物コカトリスとごっちゃになって凶悪化。
 こうしてかの魔物は『ぼくのかんがえたさいきょうもんすたあ』となり、その名の由来となった王侯[バジリスク]という語にふさわしき箔を手にしたのです。

「牙に毒はありますが死にはしませんし、邪眼を受けてもめまいを起こすくらいです。名前を聞くと恐ろしい。しかし戦ってみればそこまでではない……まさに武勇伝をねつ造するのにうってつけのお相手というわけで」
「どうせならもっと強い魔物と、お手合わせ願いたかった気もするがなあ」
 その言葉とは裏腹に、あからさまにほっとしたご様子のロバート様。
 とはいえ油断されても困りますので、
「実際の容姿は羆のように巨大なトカゲです。何度か戦ったこともありますが、準備すれば対処できるものの、ふいに襲われたら太刀打ちできません。なので真向から立ち向かうのではなく、相手が消耗するまで間合いを取って戦いましょう」
「……お、おう」
 返事に覇気がないですね。とはいえ素直でけっこう。

 わたしはズタ袋からクロスボウやスリングなどを取りだして、その使い方を教えてさしあげました。
 すると彼はその様子を見つめて、感心したように言いました。
「君は知識が豊富で手際もよいから、ちっちゃくて線が細いわりに頼もしく見えるな。冒険者が腕っぷしだけでは務まらぬというのがよくわかる」
 気にしているところをズケズケ言ってくるものだから顔面に一発ぶちこんでやろうかと思いますが、一応は褒めているようなので我慢することにします。

「……わたしの経験から申しあげますと、対象をよく調べ、入念に観察し適切に対処できたなら、あらゆる相手を打破することが可能です」
「どれほどの難敵であろうとも?」
「十分な時間さえあれば。これは魔物退治だけではなく、万事に共通する鉄則です。ロバート様がいつか貴族同士でやりあうとき、あるいは意中の女性を誘うとき、今の言葉はきっとお役に立つでしょう」
「君が女性経験豊富なようには見えないがなあ」
 苦笑い混じりにそう返されたので、わたしは首をかしげました。
 とはいえオートミール男の発言に引っかかっていても無益ですから、話を先に進めます。

「さて、そろそろ動きますか。まずはバジリスクを餌でおびき寄せ――あ」
 果実の詰まったズタ袋を持ちあげたとき。
 木に吊るすための縄が、ぷっつりと切れてしまいました。
「困りましたね。申しわけないのですが、ロバート様のマントを使わせていただいてもよろしいですか?」
「高いやつだから嫌だ。自分のシャツを使え」
「縄にするには短すぎますし、肌をさらすことになってしまいます」
「男同士なのだ。気にすることはあるまい」
 はあ? なに言ってんだこいつ。
 しかしそう思う間もなく、ロバート様は強引に脱がしにかかります。

「ぎゃあああ! バカバカバカッ!」
 革の肩当てをむしりとられ、シャツがはだけ、さらしを巻いた胸元があらわになったところで、ようやくロバート様の手が止まりました。
「まさか君は……いや、なんというか……すまない」
「とにかく手をどけてください」
 お互い距離を置き、しばし微妙な空気が流れました。
 男性に間違えられることに慣れているとはいえ、やはり気分が治まりません。
 とはいえ彼も反省しているみたいですし、ここは許してさしあげるべきでしょうか。
「いやはや、君のように柔らかそうじゃない女性がいるとは」

 気がついたらぶん殴ってました。
 ですから、対象をよく観察しろと教えたでしょうに。