クトゥルフ四方山話 「第四夜:クトゥルフ神話の百年『ダゴン』から『姉なるもの』まで」


書き手:朱鷺田祐介

本連載は、クトゥルフ神話に関するあれやこれやを折りに触れて紹介していくコラムです。クトゥルフ神話に関しては原作小説、あるいは、拙著『クトゥルフ神話ガイドブック』『クトゥルフ神話超入門』をご参照ください。

■ラヴクラフト聖誕祭『ダゴン』100周年から思うこと

この原稿を書いているのは2017年8月21日、ラヴクラフト聖誕祭の翌日である。


『クトゥルフ神話ガイドブック』(2004年)を書いて以来、クトゥルフ神話を紹介するのが仕事の一部になった。その流れの中で、クトゥルフ神話とその作者H・P・ラヴクラフトの足跡を追うようになり、『図解クトゥルフ神話』『H・P・ラヴクラフト大事典』『ゲームシナリオのためのクトゥルー神話事典 知っておきたい邪神・禁書・お約束110』の森瀬繚氏と二人で、ラヴクラフトの誕生日である8月20日を祝うイベント「ラヴクラフト聖誕祭」を阿佐ヶ谷ロフトAで開くようになった。この流れで、ラヴクラフトの命日である3月15日も、邪神忌と題して、毎年、この二人でトークショーを開いて来た。森瀬繚氏の知識や企画力のおかげで、ここまで続けられてきた。毎年来てくださる常連の方々もおり、参加者各位、ゲスト各位、そして、森瀬さんと阿佐ヶ谷ロフトAの前川店長に感謝したい。




さて、今年2017年は、クトゥルフ神話にとって、特別な年である。
最初のクトゥルフ神話作品と言える、H・P・ラヴクラフトの『ダゴン』が執筆されたのが1917年7月とされる。この当時、26歳だったラヴクラフトについては、「ラヴクラフトの青春」の回をご参照いただきたい。病弱で引きこもりだった十代から一転、アマチュア・ジャーナリズムの世界に踏み込み、大活躍していた二十代の彼は、仲間たちに背中を押され、再び、創作に手を染めたのが2017年の初夏、その二作目が『ダゴン』であった。そこには、後の『クトゥルフの呼び声』につながるラヴクラフトの最もプリミティブな部分が入っていたと言ってもよい。

聖誕祭では、リイド社のウェブサイト「トーチ」に連載されているコミックで、ラヴクラフト『クトゥルフの呼び声』を紹介している漫画家のドリヤス工場さんに来ていただいた。ドリヤス工場さんは、『有名すぎる文学作品をだいたい10ページくらいの漫画で読む。』で有名であり、9H月頭にはこの『クトゥルフの呼び声』の回を含む新刊『必修すぎる文学作品をだいたい10ページくらいの漫画で読む。』が発売されるとともに、コミック『姉なるもの』第二巻のコラボ告知に合わせてTwitterなどで発表されたウェブ・コミック『コズミック・ホラー夜話』が、非常に貴重なラヴクラフト伝であるので、本稿をお読みの方はぜひ、チェックしていただきたい。





来年も開催の予定ですので、ぜひ、皆でイアイアと祝いましょう。

■クトゥルフ神話の100年を振り返る

さて、『ダゴン』からの100年をこの機会に振り返ってみよう。



まず、揺籃期として、ラヴクラフトの時代がある。1917年7月の『ダゴン』執筆から1937年3月15日のラヴクラフト死去までの20年間がある。
前半はアマチュア創作者から作家へとステップアップしていくラヴクラフトの激動の時代である。

『ダゴン』執筆時、アマチュア・ジャーナリズム(創作同人)に傾倒し、ユナイテッド・アマチュア・プレス・アソシエーション(UAPA)のアクティブな活動家として、多数の書評や編集に力を注いでいたラヴクラフトは、1915年から1925年の間に、100以上のエッセイと記事を執筆する傍ら、詩作を熱心に行っていた。
しかし、小説に関しては、まったく筆を断っていた。彼の手紙によると、「1908年から1917年までは全くの欠落時期だった」という。1915年の段階では、アマチュア・ジャーナリズムの友人W・ポール・クックやジョージ・W・マコーレーが小説創作を進めても、「もはや小説など書けない」と断っていたが、彼の中でのイマジネーションは高まっていた。1917年7月の『墳墓』『ダゴン』を皮切りに、彼は多数の短編・中編を生み出していく。同じ、7月にシカゴで開催されていたUAPAの年次大会で、ラヴクラフトは副会長に選出される。彼はそこにいなかった上に、一度も年次大会に出ていなかったのに、選出されたのは、彼がどれほど多くの記事を寄稿し、地元の支部における編集など、活発な活動を行っていたかを表すものである。

1919年、母サラが入院すると、彼女との陰鬱な生活から解放されたことで、ラヴクラフトは外出できるようになり、より深く、アマチュア・ジャーナリズムの世界に踏み込んでいく。1921年、母の死によって、心に深い傷を負ったラヴクラフトは、同年、年上の創作仲間、ソニア・グリーンに出会う。1924年、彼女と駆け落ち同然に結婚、ニューヨークに住み着くが、結婚生活は短く、1926年、プロヴィデンスに戻ってきたラヴクラフトは『クトゥルフの呼び声』などを執筆する。


1937年、ラヴクラフトが病死すると、その遺著を残そうとした仲間の作家たちの時代になる。この流れを主導したのが、オーガスト・ダーレスと彼の創設した出版社アーカム・ハウスである。
彼らの努力のおかげで、ラヴクラフトの作品がこの世に残ったし、多くのパルプ作家の作品が今でも読むことが出来る。

いわゆるクトゥルフ神話というジャンルは、彼が作ったという言い方もされるが、それは半ば真実であり、半ば伝説に過ぎない。少なくとも「クトゥルフ神話」という言い方は、ラヴクラフト存命の間に書簡で使用されており、ラヴクラフトの中では概念として存在していたと思われる。それを明確に打ち出し、さらに書籍としてまとめていったのであるから、クトゥルフ神話をジャンルとして定着させたのは、ダーレスとアーカム・ハウスであるということも出来る。

クトゥルフ神話の継承者として名高いオーガスト・ダーレス(1909‐71)はエネルギッシュな作家であり、ホラーの他に、郷土小説、推理小説などの作品を多数残しているが、日本での著書は数えるほどしかない。今年に入り、ナイトランド叢書から刊行された『ジョージおじさん〜十七人の奇怪な人々』は奇妙な味わいの短編を集めたものである。

彼の育てた第二世代作家の代表として、ブライアン・ラムレイとラムジー・キャンベルがおり、彼らは今でも現役のホラー・ファンタジーの書き手として活躍している。


ダーレスの死後からクトゥルフ神話の拡散が始まる。
まず、リン・カーターがクトゥルフ神話の歴史を語った『クトゥルー神話全書』を執筆し、その歴史を語るとともに、バランタイン・アダルト・ファンタジーを編集し、パルプ雑誌時代のファンタジーやホラーを復刻していく。


日本に上陸したのは、戦後のことで、江戸川乱歩の紹介記事がその嚆矢とされている。
日本人による初めてのクトゥルフ神話作品は、高木彬光『邪教の神』という説があるが、『インスマウスの影』の翻案作品が先行するとも言える。その後、実験的な作品が許容されるジュヴナイルやライトノベルのジャンルで画期的な作品が生まれる。菊地秀行『妖神グルメ』(1984)は、クトゥルフ神話+グルメという現代伝奇アクションとしては異端な作品でありながら、クトゥルフ神話の聖地巡礼でもあり、アーカム・ハウスがちらりと出て来るなど、ラヴクラフティアン心を揺さぶるものだ。ちなみに、ダゴンVS米軍原子力空母の戦いが見られるなど、さすが、菊地秀行先生である。


栗本薫の『魔界水滸伝』(1981‐91/全20巻、外伝5巻)は、カドカワ・ノベルズ第一期作品でもあり、クトゥルフ神話をベースにした現代伝奇アクションで、永井豪のデビルマン的なアポカリプスを描きつつ、当時としては画期的なBL展開があり、一気にクトゥルフ神話のファン層を広げた。クトゥルフ神話に深い関わりを持つ小説家朝松健氏は、当時、国書刊行会でクトゥルフ神話関連の編集をしていたが、『魔界水滸伝』の影響力が大きく同社にしばしば問い合わせがあったという。

1986年にホビージャパン社で翻訳されたTRPG版『クトゥルフの呼び声』は、画期的なホラーTRPGであり、同時代の創作者に大きな影響を与えた。現代を遊べるTRPGというのが意外にレアであった時代に、貴重な存在でもあったのだ。その後、2004年にKADOKAWAエンターブレインから「クトゥルフ神話TRPG」として復活し、今に至る。


私は、これに先立ち、2003年、新紀元社から発売された『コール・オブ・クトゥルフ d20』に合わせてガイドブックを書かせていただいたのがご縁で、クトゥルフ神話と深く関わることになった。

個人的な話をすると、中学生から海外SFやファンタジーを乱読しており、その流れでラヴクラフトも読んでいたが、どちらかと言えば、ハワードの『コナン』やバロウズの『火星のプリンセス』などのファンでした。そのため、若い頃の友人からは「お前がラヴクラフトを紹介する日が来るなんて」と嘆かれることしばしばである。
クトゥルフ神話系のTRPGに関しても、別の方が翻訳されているので、自分が仕事で関わることはあまりあるまいと思っていたが、この本のために、もう一度、ラヴクラフト作品と向き合ってみるとなかなか趣深いものであり、ラヴクラフトと自分の人生の共通点(例えば、若い頃にファン活動にハマったあたりとか)に色々思うところがあり、自分でも小説を描くようになってしまった。はてさて、困ったものである。

21世紀に入って、クトゥルフ神話はサブカル業界の基礎知識的なコンテンツになってしまった。ドリヤス工場さんの『必修すぎる文学作品をだいたい10ページくらいの漫画で読む。』に扱われるのは、まさにその証拠である。『クトゥルフの呼び声』が、『蜘蛛の糸』『共産党宣言』『若草物語』『吾輩は猫である』『風の又三郎』『山椒太夫』『学問のすゝめ』などと並んでいるのだ。どれほど定番なのか。
今期放映中のアニメの中でも、日曜日朝の子供向けのギャグアニメ『ヘボット』でヘボクラフト回があり、『妖怪アパートの幽雅な日常』でも、クトゥルフ神話の邪神イタクァが見習い退魔師になった主人公が魔道書「小ヒエロゾイコン」から呼び出す雷の精霊として登場している。油断できない。クトゥルフ神話研究者として、原作小説からチェックするのか(汗)

そして、ドリヤス工場さんが広報で関わっている飯田ぽち。氏のコミック『姉なるもの』の第二巻が8月26日に発売される。もともとは、18禁の同人マンガであったが、全年齢マンガとして、商業連載されるようになった。
物語は、奇人の叔父に引き取られ、田舎で暮らしていた少年が、叔父の死により天涯孤独となり、残された蔵の地下に封印されていた邪神シュブ=ニグラスと出会い、姉になってくれることを望むというものだ。導入としては邪神系ホラーであるが、飯田ぽち。氏の華麗な筆致で描かれるのは、夏のひととき、田舎の町で暮らす少年と『姉なるもの』のちょっとエッチだが、実に穏やかな日常である。物語性としては、ノスタルジーの要素が強く、個人的には、『ユタと不思議な仲間たち』のような、ヒトと怪異の交流の物語に分類するべき童話的な存在と考えたい。おそらくは、柳田国男の『遠野物語』、あるいは、水木しげるの『げげげの鬼太郎』などの妖怪譚に根っこを見いだせる日本的な怪異譚かもしれない。そこには、異類婚姻譚めいた要素もあるが、はてさて、クトゥルフの邪神と人の子の愛はどこへ向かうのだろうか?

日本におけるクトゥルフ神話の流れは、おそらく、ラヴクラフトが潜在的な恐怖を感じていたアジア的な「異形存在』を飲み込み、逆手に取ってしまう日本人ならではのものかもしれない。

だが、あえて、我々は献杯しつつに言おう。
ありがとう、ラヴクラフト。
あなたのおかげで、我々は、多くの楽しみを得た。