セツナと月の獣


作者:にーりあ

 月の獣――それは人類の敵か味方か。
 妹と二人暮らしをしていたセツナは、ある日大きな卵を拾う。
 病弱で体調を崩していた妹の為さっそく卵を料理しようとした矢先、ソレは突然ひび割れた。
 中から現れたのは月の獣。言い伝えに聞く幻獣(おおけもの)。

 ――月の明かりを食べて成長し、黄金を求め天の彼方を目指す彼らは、飛び立つ時必ず『幸福』か『不幸』かを残す――

 月の獣は、果たしてセツナに何を残していったのか。



 私には両親がいません。春も近い冬の日に、二人は野盗に襲われました。
 私に残された家族は、モコという名の七つ離れた妹だけです。
両親も帰る場所も失った私たち姉妹は、父が夏の避暑の為に作った田舎の小屋でひっそりと暮らしてきました。
 生活は私が山で芝刈りをして、そこで拾った色々なもので賄っています。木の実や山菜、茸といった食べ物を料理したり、薬草から煎じ薬や塗り薬を作ったり、木の皮を剥がして水にうるかし、柔らかくなったら細かく裂いて糸を作って布にしたり――これらは全て母から教わった工夫です。

 モコは元々病弱で耳が聞こえません。なので仕事は私一人でこなしています。
 でも最近モコが風邪をこじらせてしまい、芝刈りに行くのも気が気ではありません。
 何か栄養のあるものを食べさせて早く元気にしてあげたい。
 そんな矢先です。
 私は芝刈りの帰り道でとても大きな卵を見つけました。道の真ん中に落ちていたのです。
 卵には栄養があります。普通の卵でそうなのに、それは見た事もない大きな卵です。どれほど栄養がある事か。
 辺りを探しましたが親鳥はいませんでした。私は急いで卵を抱えて持ち帰りました。


 私は家に入らず真っ直ぐ厨(くりや)に向かいました。
 ご馳走を作ります。ナタで卵の上の殻をそぎ落として、中身を鍋に移すのです。
 色々準備をして、ナタを持ってさぁ割ろうと私が卵に近づいた、その時。

 卵に亀裂が――まだ何もしていないのに、卵に亀裂が入ったのです。

 私は慌てました。まさか孵化するなんて。
 せっかくのご馳走がという思いと一体何が出てくるのかという思いで私がオロオロしているうちに、卵は内側から割れました。
 卵の殻の半分が割れ落ちて、中から白い何かが――濡れた羽毛の翼が出てきました。
 殻の中に見えるのはリスのような顔の、犬のような大きさの生き物です。
 鳥のような翼を対で持つソレは、その内側に四つ足を持っていました。

 ――これって……もしかして……

 私はその姿を眺めているうちにふと、言い伝えに聞く幻獣(おおけもの)・月の獣の事を思い浮かべました。

◆ 

 月の獣とは、月の光を食べて育つと言われる幻獣の総称です。
 月の獣は幾晩も幾晩も月の光を浴びて、そうやってその体を大きく成長させる生き物です。
 私は父の持っていた絵巻物で月の獣の一種【し出の鳥】を見た事がありますが、この獣は少し雰囲気が違います。
 しかし月の獣はみんな翼と四つ足を持っているので、特徴から考えるとやっぱりアレは月の獣なのでしょう。

 だとすると――ちょっと困った事になりました。
 月の獣は言い伝えでは『成長した月の獣は黄金を求めいずこかへ旅立つ』と言われているのですが、その時に善人には幸福を、悪人には不幸を必ず残していくとも言われているのです。

 私は考えました。
 勝手に卵を持ってきてしまった自分の行いは、果たして善か、悪か。
 モコに食べさせたくて拾ってきたのです。親鳥から無理やり奪ったわけではありません。
 でも相手は獣です。果たしてわかってくれるかどうか。

 きっと難しいでしょう。
 ですから、先にやるしかないのです。
 私は獣の後ろにそっと回り込み、ナタを強く握りました。

「ィイぃ! アっぁぁ! ァいィー!」

 ――その時です。モコの声が聞こえました。
 私がここにいる気配を感じたのでしょうか。今まで寝ていたと思っていたモコが、大声をあげながら厨(くりや)に向かって歩いてきていたのです。

「だめ――!」

 それは一瞬の出来事でした。
 おぼつかない足取りだったモコは予想通り足をもつれさせます。
 縁側を越えて宙に投げ出されたその体を受け止める事は不可能です。私はモコの怪我を確信しました。

 が――モコは怪我をしませんでした。

 卵の中から矢のような速さで飛び出した月の獣が、ささっとモコと地面の間に入り込み、その翼を大きく広げてモコを優しく受け止めたのです。

 ――なんて事……。

 それを見てしまった私は、月の獣をどうにかする決心をくじかれてしまいました。

◆ 

 月の獣と生活を始め幾日かが過ぎました。
 ある日芝刈りから帰ってくると、モコは月の獣の為に木と竹の端切れで小屋を作っていました。
 小屋の前の地面には【な ゆ た】という文字が掘られていました。

 私は両親から教わった文字を毎夜寝る時に、モコの小さなその掌に書いてきました。
 耳が聞こえないモコでも、文字で意思のやりとりが出来るようになればと思って。

 なゆたに寄りかかって寝ているモコの手を取り、爪に土が入り込んでいるモコの指を丁寧に拭きながら、私はモコにも【両親からの贈り物】である【文字】を渡せた事に嬉しさを、そして手ごたえを感じていました。

 きっとモコのつけた「な」と「ゆ」と「た」という三文字は、たまたま選ばれた三文字なのでしょう。けれど意味をなさないそのただの文字の並びには、もしかすると、モコなりの意味があるのかもしれません。
 だとしたらどんな思いがあるのかと――その思いを想像する事は、私にとってとても楽しい時間となりました。



 初夏にしては強い日差しが照り付ける午後でした。
 芝刈りの帰り道に、私は大きな鳥が空を旋回し、飛んでいくのを見たのです。

 それはし出の鳥――絵巻物の中にある【亡くなった者の魂を卵に変える月の獣】でした。
 言い伝えでは、し出の鳥は孵化と同時に魂の持ち主を生き返らせます。生き返らせたものに自分の世話をさせる為です。

 嫌な予感がしました。予感が確信に近づくにつれ、私は背筋が寒くなっていくのを感じました。
 だんだんと心臓が高鳴って――ふらふらと動いていた足は、すぐに駆け足へと変わりました。

 どうして私は、その可能性に全く気が付かなかったのでしょうか。

 駆けている最中、私は自分の愚かさが悔しくてどうにかなってしまいそうでした。
 家に飛び込み、私は力の限りモコの名を叫びました。けれど返事はありません。モコの姿もないのです。

 ――成長した月の獣は、飛び立つ時必ず幸福か不幸を残す――

 どういう事でしょう。モコはあの日、両親の元へ旅立っていたという事なのでしょうか。卵を見つけたあの日、モコは家で一人ぼっちで、私の帰りを待ちながら、寂しい思いを抱えたまま、なかなか帰らない私に待ちくたびれて――だから、――だから両親の元へいってしまったと、そういう事なのでしょうか。

 庭を見れば、モコが作ったなゆたの小屋の前に、なゆたの名前がくっきりと掘りなおされているのが見えました。

 私はそこで、堪えきれなくなって、涙をこぼしてしまいました。
涙があふれてあふれて、とめどなくあふれて、とまらないのです。

 月の獣が残していった思い出のせいで、私の涙はとまらないのです。