神々のファッションといえば! 「古墳時代の衣装」

衣装_古墳時代

ヤマトタケル、スサノオノミコト……その名を聞いて思い浮かぶのはどんなヴィジュアルでしょうか? きっと多くの人が思い浮かべるのは、両耳の横に髪を結った独特のヘアスタイルと、ゆったりした服装ですよね。
しかし、あのスタイルは神様だけのものではありません。遠い昔には人間だって着ていたのです。 今回は『図解 日本の装束』(池上良太 著)を参考に、古墳時代に生きた人々のファッションチェックをしてゆきたいと思います。

目次

大きめサイズをベルトで着こなす! メンズ古墳時代スタイル

「衣褲(きぬはかま)姿」——、これぞあの古墳時代の、メンズファッションの名称です。 着物文化もそうですが、古来日本人男性の服装は、ゆったりとしている印象ですよね。
しかし古墳時代においては、腰の帯だけでなく、手首や膝下などの要所要所を紐で締めてメリハリをつけています。これには装飾的な意味合いもありますが、動きを助けるための機能的なスタイルでもありました。
衣褲姿は比較的身分の高い男性の服装ではありますが、礼服と日常着を兼ねているという優れもの。
以下にセットアップをご紹介しましょう。

【頭】
鉢巻き、布冠、櫛

【服装】
衣と褲の上下を帯で固定
「手結(たゆい)」という紐で手首を、
「足結(あゆい)」という紐で膝下を固定

【持ち物、装飾】
首飾り、剣、帯

 【履物】
脛巾(はばき)、革製の靴(かのくつ)

「脛巾」とはのちに「脚絆(きゃはん)」と呼ばれるもので、脚を保護し、歩きやすくするために脛に巻きます。
「手結」と「足結」には、鈴や勾玉などの装飾品がつくことも。 ちなみに帯は広めで、ボーダー(横縞)柄が多いようですね。 どうしてこれほど古い時代の服装の名称がわかるのかといえば、『古事記』や『万葉集』などに登場しているからなのです。 形状についても、出土した埴輪からうかがい知ることができます。
その特徴は、大陸北方の民族である胡族の用いた服装と共通する部分が多い。恐らく、当時の政治の中心となった大和朝廷のルーツの一つがそこにあったのであろう。 『図解 日本の装束』p.38
飛鳥時代に入ると、隋の文化や政治制度が取り入れられたため、衣褲姿は少なくなってゆきます。 そしてそのスタイルは、身分の高い人から、庶民のものへと変わっていったようです。

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レイヤード使いがエレガント! レディース古墳時代スタイル

ヤマトタケル風のメンズファッションは思い浮かびやすいですが、レディースはどうでしょうか。
古墳時代の女性の装いは、「衣裳(きぬも)姿」といいます。
男性も着用している「衣」と、巻きスカートのような「裳(も)」のセットです。
裳は二重にすることもあったそうで、この時代のゆったりとしたスタイルに、ひときわヴォリューム感が出ますね。
さらに特徴的なのは、「領巾(ひれ)」などの装飾です。 領巾は肩にかける布で、どことなく天女を思わせるような優雅さです。

その後の日本女性の高貴な衣装といえば、十二単などを思い浮かべますが、その時代に続く重ね着、レイヤードスタイルはこの頃にはすでに確立していたのでしょう。
残念ながら衣裳姿は途絶えてしまいましたが、領巾に関しては、平安時代まで残りました。
以下に、衣裳姿のセットアップをご紹介します。

【頭】
櫛、耳飾り

【服装】
衣と裳の上下を帯で固定

【装飾品】
首飾り、領巾、襷、帯

【メイク】
赤土や紅花を頬に塗る

 【履物】
靴(かのくつ) 

衣裳も男性の衣褲同様、日常着と礼服をかねていました。裳の長さは身分によって違い、長いのは身分の高い人、短いのは身分の低い人が用います。

高位の女性は装飾品も豪華です。丸玉の首飾りや、勾玉、管玉(くだたま)の腕輪、金の耳飾りなど多種多様で、呪術的なものもあるでしょうが、いつの時代も女性はアクセサリーが大好きであることがうかがい知れますね。

履物に関してはほとんど資料が残っておらず、靴(かのくつ)と考えられているようです。 古墳時代の女性のスタイルは、男性同様、現物が残っていないため、古墳から出土した埴輪や文献資料から想像するしかありません。
とはいえ、構成要素のいくつかは、後の時代にも用いられており、そこからおおよその形を類推することができるそうです。 また大陸北部の胡族や、朝鮮半島に根付いた女性の服装など、海外の資料も参考になります。

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サイドで結う髪型は男子のみ? 古墳時代ヘアスタイル

さて気になるヘアスタイルです。

【男性】
 美豆良(みずら)

 【女性】
潰し島田、蝶々髷、垂れ髪

古代の日本男性といえば、「美豆良」です。長い髪を左右に分けて、頭の横で結うあのヘアスタイルです。一般的には、8の字の輪を作るのが有名ですよね。

このとき、身分が高い人は、耳の下で結って櫛を挿します。身分の低い人は、耳の上で結います。
あのスサノオノミコトも、ヤマタノオロチからクシナダヒメを救うために、姫を櫛に変えて髪に挿していました。このエピソードからも、当時身分の高い人の間で、櫛を使うことがトレンドであったことがうかがい知れますね。 櫛は女性も使います。
女性のヘアスタイルは、髷を結うのが基本のようです。
頭は島田髷を大きくしたような潰し島田という特徴的な髪型に、櫛を挿すのが基本だが、蝶々髷や垂髪、鉢巻きのようなものを巻くこともあったようだ。 『図解 日本の装束』p.40
「島田髷(しまだまげ)」も「蝶々髷」も、江戸時代などに広まった、いわゆる和装の髪型といえばこれ、というヘアスタイルです。
しかしこの時代のものは、髷の部分が大きく広がっており、わたしたちに馴染みのある髷とはだいぶ違います。埴輪などで見る限り、時代劇で見るような髷と違い、サイドの膨らみはありません。衣服がゆったりとしたシルエットなぶん、頭では横幅を目立たせないというバランスの良さを感じます。

以上、古墳時代の男女のファッションスタイルをご紹介しました。凝ったスタイリングの数々から、当時の美意識の高さがわかりますね。

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本書で紹介している明日使える知識

  • 衣褲姿
  • 衣裳姿
  • 上代、古代の装身具
  • 飛鳥・奈良時代の女性の広服姿
  • 狩衣姿
  • etc... 

ライターからひとこと

島田髷、櫛、勾玉など、現代にも残っているものがこの時代から続いているかと思うと、まさにロマンを感じるとしかいいようがありませんね。衣装に関しては現物がないのは残念ですが、埴輪など、立体造形で残してくれた人に感謝です。おかげでわたしたちは、古代の神々の生活にまで思いを馳せることができるのです。
本書では、古墳時代以外にもあらゆる時代の日本の衣装を紹介しています。 飛鳥時代の衣装などもありますので、ぜひ他のファッションもご覧ください。