
イラスト:鈴木康士
題名は知ってる文学作品 オススメされたから読んでみよう
「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。夜の底が白くなった。」
「恥の多い生涯を送って来ました。」
「吾輩は猫である。名前はまだ無い。」
誰もが見たことがあるであろう、文学作品の一節。1
あなたはこの文章の続きを読んだことがあるだろうか。
実際のところ、なんらかの機会がないと名著と呼ばれる文学作品を最初から最後まで通して読むことは少ないのかもしれない。
かく言う僕は、編集者という仕事をしていながら、未読の文学作品がポコポコと思い浮かぶ。
「いつかは読みたい」と思いつつ幾星霜。
読みたい……読みたいが……その気にならなければページを開くのが10年、20年後ということもありうる。
それに、名著となるとその内容を何かしらで知ってしまうこともある。
「10分で読める」だったり「マンガでわかる」だったり「100分de」研究者が解説してくれたり……。
数多ある名著を、まったく知らずにいるより、その概要を掴めていたほうがいいのかもしれない。
ただそれって、ジンギスカンキャラメル2を食べて「ジンギスカンってこういう味なんだー」と思ったり、料理のコースのメインディッシュだけを食べて「ちょっと濃かったかな」と思って、わかったつもりになっているのかもしれない。
「あーそういうことね完全に理解した(←わかってない)」ということになってしまうのはなんだか悲しくもあり。
「神は細部に宿る」とも言うように、小説はあらすじではなく、ストーリーの起伏や文章表現、徐々に変化していく心情などを感じ取ることが楽しいのだと理解しつつも、いざ能動的に腰を据えて名著を読もうとしても、尻込みしてしまう。
名著を読む機会がない……
「なら、名著を読む読書会をすればいいんだよ!」と言ってきたのが、パンタポルタのマスコット、ぱん太くんだった。
そんなわけで、この企画では近現代の文学作品からオススメの一冊を選んでもらい、それを僕とみなさんで実際に読んでいくのだ。
まず『読む前編』では作品のオススメポイントや、好きなセリフなどを聞いていく。
そして実際にその本を読了したら『読んだ後編』で、たっぷりと感想を書いていくことになる。もちろんネタバレ全開だ。
読者のみなさんもぜひ、僕と一緒に、オススメ本を読んでみてほしい。
さてじゃあ、今回のオススメ本は……
ぱん太:夏目漱石の『三四郎』だよ!
お笑いコンビの……! ではなく、夏目漱石の前期三部作と呼ばれる作品のひとつだね。夏目漱石だったら僕でもそれなりに知っている。
ただ、オススメしてくれたぱん太くんは夏目漱石が好きで、推薦の勢いも強く、かなり熱が入っていた。
前期三部作と言いつつ各作品はほぼ独立したもの。なんでも、漱石は当時、大衆受けする作品を書かねばならないという状況になっていたのだけど、この『三四郎』という青春小説で、見事に一般人気を得たらしい。
ということは『三四郎』なら意識的に大衆に向けて書かれているから、文学作品に慣れていない人でも読みやすいっていうことになるだろう。
ぱん太:うん。それに『三四郎』が青春小説のプロトタイプになったとも言われているんだ。森鴎外も「俺も『三四郎』を書くぜ」って『青年』という小説を書いたり、永井荷風や田山花袋も影響を受けて、同じような設定の作品を書いているんだ。
じゃあここから青春小説の流れが生まれて、現代にも続いてきているかもしれないってことか。
漱石は三角関係を多く書いている印象があるんだけど、『三四郎』はどうなんだろう。
ぱん太:メインは主人公の三四郎とヒロインの美禰子の関係だね。でもやっぱりそこには三角関係があるんだ。漱石の作品は、女の人を取り巻く二人の男の人同士が仲良し、という設定が特徴的なんだ。この作品でも、主人公の三四郎と野々宮くんは先輩後輩の関係で親しくしているんだけど、美禰子との間で揺れ動いていくんだ。
三角関係……ということは三四郎の恋愛も、人間関係の中で揉まれていくんだ。なんだかドロドロになりそう。『こころ』みたいに。
ぱん太:確かに、漱石作品の三角関係はドロドロしがちだけど、『三四郎』は圧倒的にさわやかなんだ! だからこそ漱石を読むのが初めてって人にもオススメなんだよ。
ふむふむ。ちらっと調べてみると、三四郎はいわゆる「草食系男子3」らしい。
三四郎は熊本から上京した学生で、都会で見聞きするものがすべて真新しく見える。それに対してヒロインの美禰子は、都会的でミステリアスなところがある、インテリ女子。不思議な雰囲気がある美禰子に、三四郎はどんどん惹かれていく……。美禰子には漱石自身の聡明なところが反映されていそうだ。
ぱん太:まさに、漱石は近代的な女性を描いたとされているよ。それはこのシーンにも表れているね。
「迷子」
女は三四郎を見たままでこの一言を繰返した。三四郎は答えなかった。
「迷子の英訳を知っていらしって」
三四郎は知るとも、知らぬともいい得ぬほどに、この問を予期していなかった。
「教えてあげましょうか」
「ええ」
「迷える子(ストレイシープ)ーー解って?」
女は三四郎を見たままでこの一言を繰返した。三四郎は答えなかった。
「迷子の英訳を知っていらしって」
三四郎は知るとも、知らぬともいい得ぬほどに、この問を予期していなかった。
「教えてあげましょうか」
「ええ」
「迷える子(ストレイシープ)ーー解って?」
ぱん太:いやーシビレるっす。男性に『英訳を知っていらしって』って尋ねる女性、フツー出て来ないっす。
ぱん太くん……キャラが崩壊してるぞ!
興奮するパンダは放っておくとして、確かにこのシーンからも美禰子が聡明でミステリアスな感じが伝わってくる。さらにはちょっと高飛車で、三四郎が彼女に振り回されていくような予感がする。
文学作品を読もうとして彷徨っている「迷える羊(ストレイシープ)4」である僕を、『三四郎』はどこへと導いてくれるのだろう。
メインとなる三四郎、美禰子、野々宮以外にも魅力的なキャラクターが多そうだ。それに、田舎出の草食男子と都会育ちのインテリお嬢様の恋愛ものと思うと、そのギャップが面白そうじゃないか。
さて、というわけで『題名は知っている文学作品、オススメされたから読んでみた』、最初の課題図書は夏目漱石の『三四郎』だ。
ぱん太くんがキャラ崩壊するくらいにオススメする夏目漱石の入門書、さっそく読んでいってみよう。
■夏目漱石 三四郎 - 青空文庫
https://www.aozora.gr.jp/cards/000148/files/794_14946.html
■三四郎 Kindle版
https://www.amazon.co.jp/dp/B009IXLLU8/
脚注1:それぞれの文章は、川端康成『雪国』、太宰治『人間失格』、夏目漱石『吾輩は猫である』
脚注2:北海道限定のキャラメルで、キャラメルの味とジンギスカンっぽい風味を悪魔合体させた食べ物である。キャラメルの甘さとにんにく的な薬味の風味が合わさって、新たな食べ物になっている。
脚注3:恋愛や仕事でも、ガツガツしていない奥手な男性のことを指す。逆に行動的でパワフルな人は肉食系という。積極的になるのって難しいね。
脚注4:新約聖書のマタイによる福音書などにあらわれる言葉。キリスト教における例えで、神は牧人、大衆はそれに導かれる羊である、という意味。
【読んだ後編】は3月19日(火)に公開予定!
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